「恭也」
「ん。何だ?兄貴」
村に行こうとした日の朝、玄関で靴を履いている俺に、兄貴の声が向けられた。
振り返ってみれば、兄貴は腕を組んで俺を何とも言えない表情で見つめていて・・・
「行くのか?」
「ん?あぁ、うん。行く」
「・・・気をつけろよ」
普段の兄貴からは絶対に聞けないであろう台詞に、俺は何だか笑えた。
「何だよ兄貴。普段は俺がそういうとこに出かけようとしても、何も言わない癖に」
俺がどんな心霊スポットに行こうと、兄貴は無関心。
何度も兄貴を一緒に行こうと誘ってみたが、無理とか嫌とかの一点張りで、一緒に行ったことなんて一度たりともない。
心霊現象とか超常現象とか、そういう類はまったくもって無関心なんだ。
「・・・何だか、嫌な予感すんだよ」
そんな兄貴が、妙に心配そうに言うもんだから、俺は何となく「あぁ、何かあるのかもな」と思った。
「ハハッ。変な兄貴。じゃぁさ、帰りは迎えに来てくれよ。俺、電話するから」
「どっから電話するんだよ。本当に村があるかどうかもわかんねぇのに」
「村があったら、村から電話する。なかったら、電話のあるところまでマウンテンバイクで行くし」
だから心配すんなって、兄貴。
そう言って笑えば、兄貴は苦笑にも似た笑みを浮かべ「わかった」と頷いた。
「じゃぁ、行ってくる」
玄関のノブに手をかけて笑う。
「絶対電話しろよ。恭也」
「何だか今日の兄貴は、妙に心配性だな」
玄関から外に出て、準備しておいたマウンテンバイクに跨った。
「いってきまぁーす」
「あぁ、いってらっしゃい」
兄貴の声に俺は妙に嬉しくなりつつ、家を出発した。
――・・・
「ん・・・」
目を開ける。
俺は小さくため息をついた。
『どうしたんだ?恭也』
「ぃや・・・夢、見てたみたいだ」
俺が家を出発した日の夢・・・
「兄貴の夢見たんだ。俺が帰るときは、ちゃんと電話しろよって言ってた夢」
兄貴、今頃どうしてるんだろうな。
『・・・すまない、恭也』
「美耶子のせいじゃない。俺は、美耶子との約束を守るよ」
赤い水鏡に映っている美耶子に俺はにこっと笑いかける。
周囲からは、まだまだ屍人の声がする。
だから俺は焔薙と宇理炎を手に立ち上がるんだ。
「兄貴・・・今でも、電話待ってるのかな・・・」
小さな呟きは、この世界に溶けて消えた。
電話待機中