「ゴホッ、ゲホッ・・・」
あぁ、苦しい。
咳が全然止まりません。
「・・・どうして、こんなことになったんでしょうね・・・」
少々病弱ではありましたが、僕は普通の村人でしたよ。あのサイレンが聞こえる前の話ですけど。
気付けばこのように何処も彼処も廃れている未知の世界へ彷徨ってしまいました。
普段飲んでいる薬もソコをついてしまって、咳が止まりません。
苦しいです。けれど、此処で蹲っているわけにも行きません。
「あひゃひゃアははっ」
「・・・来ました、ね」
僕は少し顔を引きつらせ、すぐに踵を返します。
この世界は可笑しいです。
まるで生者を道連れにするかのように、死者が武器を手に追いかけてくる。
「ハァッ、ハァッ・・・」
僕の体力がソコまで続くわけが無いですよ。
すぐにどこかに隠れ、屍人であろう彼等が去るのを待つばかり。
「・・・ゴホッ、ゴホッ・・・ッ、ォエッ・・・」
身体が限界を感じているのか、嘔吐感が最高潮に達し、口から胃液が出る。
もう、吐き出す食べ物さえ、胃の中には入っていないのでしょうね。
幼い頃から、僕はこの弱い身体のせいで、病気と共に死ぬのだと思っていました。
けれど、今の状況では・・・
僕は異常な死しか出来ないのではと思ってしまう。
どんなに逃げても、屍人達は追いかけてくる。
一時は逃げおおせても、また追いかけてくる。
もう、限界が近いです。
「ッ・・・」
苦しい。
「ォ、ェッ・・・ゴホッ、ぅっ」
もう、動けない・・・
僕の身体が、地面に倒れる。
屍人達がこちらへやってくる。
嗚呼、死んだ。
僕は諦めたように目を閉じる。
「・・・・・・」
けれど、いつまで経っても痛みも衝撃も来ない。
そぉっと目を開ける僕。
屍人達は・・・
地に伏していた。
そして見てしまう。
そんな屍人を殴ったであろう、血に濡れた凶器を手に立っているその人の背中を。
「・・・・・・宮田、先生」
名を呼べば、驚いたように肩を震わせ、その白衣の人は振り返る。
「名前さん・・・」
驚く彼と僕。
彼の白衣は屍人たちの血で染まり、赤い赤い・・・
けれど、僕は怖がる事はまったくなく、彼の姿に安心した。
「す、みません・・・手を・・・貸してはもらえませんか・・・?」
苦笑を浮かべながら言えば、彼は無言で頷き、僕に手を貸してくれた。
昔から、お世話になっていた先生。
まさか、こんなところでお会いすることになるなんて・・・
「よく、今まで生きていましたね・・・」
出来るだけ屍人がいない場所まで運んでもらい、一時休憩。
「まぁ・・・自分でも、驚いています・・・ゴホッ、ゴホッ」
「・・・あぁ、こんなに弱って・・・」
宮田先生が僕の背中を擦る。
「・・・やっぱり、死ぬときは医者の近くっていうのが、僕の理想です・・・」
「・・・何言ってるんですか」
少し眉を寄せた宮田先生。
「フフッ・・・すみません。けど、やっぱり・・・僕を見取ってくれる人がいるなら、宮田先生が良いなと思いまして」
「・・・薬は?」
「大分前になくなりました」
ふるふるっと首を振れば、宮田先生はほんの少しだけ眉を下げた気がする。
心配してくれたのだろうか。
「ずっと此処にいるわけにも行きません。少ししたら移動します」
「けど・・・」
「・・・出来るだけ、守りますから」
ネイルハンマーを手にしながらそういった宮田先生にクスリッと笑う。
「頼もしいですね」
「・・・まぁ、あまり期待はしないでください」
そういいつつ、きちんと守ってくれるつもりなのだろう。
「はい。有難う御座います」
僕は小さく微笑んだ。
きっと・・・
最後まで生き残れないだろうと心のどこかで確信していた。
けれども今は、僕は安心という感情を噛み締め、自分を救ってくれている白衣の彼に感謝した。
・・・安堵の吐息がこぼれた。
安堵の吐息