「神父様。どうか我等をお救いくださいませ」
神父様。神父様。
私はそうとしか呼ばれない。
たしかに私には力があった。
他者の傷を癒し、他者を守る力が。
しかし、人々を守る私を守ってくれる者などいない。
ソレが嫌だった私は・・・――自殺した、はずだった。
「・・・此処は・・・」
見知らぬ土地。
頭痛を感じながらも、私は周囲を確認した。
ザザッ
「クッ・・・これは・・・!!!!」
頭の中をノイズが走る。
そのノイズで一瞬映った、自分のものだと思われる後姿。
ハッとして振り返れば、農具を構えてこちらに迫ってくる人・・・ぃや、あれは人なのだろうか。
あまりに生きている人間とは程遠い笑みを浮べ、こちらに農具を振り上げてくる。
間一髪で避けた私は、その場からバッと走り去る。
時折頭の中を駆け巡るノイズが、私の姿を映す。
ようやく、何処のノイズも私の姿を映していないのを確認してから、私はフゥッと息を吐いた。
「・・・何処なんだ・・・此処は」
自分が自殺を図ったのは、こんな場所ではない。
もっと閉鎖的な・・・
そう。教会だった。
――神よ。もう私を解放してください。
「・・・神は、私を解放する気など、なかったということか・・・」
自嘲の笑みを浮かべながら、私は吐き捨てるように言った。
私は確かに死んだはずだった。
けれど、今此処にいる。心臓も動いている。
「神の指示だとでも考えようか・・・」
神は私に、まだ働けというのか。
私は深く深呼吸をし、大分慣れてきたノイズで周囲を確認した。
どうやら、この世界には生きているとは思えない者達が徘徊しているらしい。
ザザッ
《――クッ、この――》
「!!!!・・・生きている人間か・・・」
此処から近い場所。
囲まれているらしい。
「何か武器にならないものか・・・」
そう思いながら近辺を探すも、皮肉なことに、あったのは私が自殺するために使った毒薬と、古びた聖書だった。
しかし、此処で見ているだけにもいかないだろう。
私は軽く息を吐き、バッとその場を駆け出した。
「ッ・・・」
ガッ
ノイズの間で見た生きている人間がいた。
苦戦しているらしい。
彼を攻撃することに集中している、生きてはいないであろう者を背後から蹴り倒し、その手から武器・・・鉈を奪う。
その鉈で敵を切りつけ「こっちへ!」と声を上げた。
私の声ではっとした相手と共に、ダッと走る。
「・・・ハァッ、ハァッ・・・追って来ない。私達を見失ったようだ」
呼吸を整えつつ、相手を見る。
白衣を着ているところを見ると、医者なのだろう。
・・・自殺する前、私のこの力は、医者達から“インチキ”だと罵られたな・・・
そんなことを思い出しながら視線を漂わせていると「ぁ」と気付く。
「怪我をしている・・・」
「・・・あぁ。ただのかすり傷だ」
やっと口を開いた彼。
「貸してください」
彼の腕を掴み、傷口に手を添える。
フワリッ
「!・・・これは・・・」
「静かに。気を落ち着けて・・・」
次第に癒えていく自分の傷に驚きを隠せない彼に言葉をかけ、私はグッと力を籠めた。
「・・・貴方は・・・」
「神父ですよ。・・・神に解放して貰えない、ね」
「解放して貰えない・・・?」
理解できないという顔をする彼に、私は自嘲の笑みを浮かべた。
「私は自殺したはずでした。多量の毒薬を飲み込んで・・・しかし、気付いたら此処にいました。神は・・・きっと、私にこの世界で何かを成し遂げよというのでしょう」
神よ。私は貴方が好きではありません。
このお力を賜ってから、化け物と罵られ、教会の神父となってからは聖者と奉られ・・・
人間の醜さを幼少より知ってしまった私に、人を救いたいという心などないのに。
それでも尚、貴方は私に何かをしろというのか。
「私が出来る事は二つ。傷を癒すことと、守ること。・・・医者からしてみれば、私のこの能力はインチキだと罵りたくなるようですけど・・・」
苦笑を浮かべてば「・・・罵りませんよ」と彼が呟く。
「今は、その力がインチキだと思えない。なんせ・・・周りがこんな状況ですからね」
「そうですか。・・・貴方の名前は?」
「宮田です」
「私は名前。よろしく」
何だか新鮮だった。
自殺する前の世界では、ほとんどの人間が私に頭を下げたまま、顔をあげなかったから。
目の前の彼は、軽く会釈こそしてくるものの、私を崇めるような行動は一切しない。
それが嬉しかった。
「少し、この世界のことを教えていただいても?」
「えぇ。助けてもらったお礼です。お話しますよ」
宮田さんの言葉を頭に詰め込む。
あの、生きてはいないであろう者は、屍人というらしい。
赤い水を身体に入れすぎると、自分達もアレになる。
彼等は自分達を殺しにくるらしい。
どんなに攻撃しても、すぐに起き上がってくる。・・・なんということだ。
「・・・大体は理解しました。・・・しかし、今の状況を打破するのは、難しいだろう・・・。私の力でも、既に死んだ人間をどうにかすることなんて出来ない。せいぜい、赤い水を対外に排出させることぐらいしか・・・」
「名前さんは戦闘能力もある。こちらとしても心強いですよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
共に武器を持ち直しながら、一先ず周囲を探索することに決定した。
屍人は、慣れれば倒すのも容易い。
傷も、私の力で大体は治すことが出来る。
「宮田さん」
「はい、何ですか?」
「こんな状況でこんなことを言うのは可笑しいかもしれないけど・・・」
「言って見て下さい」
「教会で・・・自殺する前の日々よりも、今は生きることが喜ばしいんです」
こんな場所でも、私は再び自殺しようとは思わなかった。
ポケットの中にある毒薬も、もはや不必要に思えた。
「そうですか」
宮田さんが少し笑って、小さく頷く。
きっと、これは・・・
「宮田さんのおかげです」
「・・・俺の?」
「はい。神父と崇められる反面、化け物としか見られていなかった私を、すんなり受け入れてくれた宮田さんに、感謝しています」
「・・・それは、別に・・・」
「良いんです。宮田さんにそのつもりはなくても、私は救われた。・・・クスッ・・・神父が救われるなんて、変な話ですけど」
視界ジャックで周囲の屍人を確認して、武器を構える。
「この異界から・・・出られないかもしれない。けど・・・もしも・・・もしも出られたら・・・」
私は鉈を振り上げる。
「その時は、神父なんて辞めて、宮田さんのところでお世話になろうかなと思います」
「・・・フッ。まぁ、良いでしょう」
私と同じようにネイルハンマーを振り上げた宮田さんは、口元に笑みを浮かべていた。
ザシュッ
ガッ
一瞬にして周囲の屍人を一掃した。
嗚呼、神よ・・・
今だけは、貴方に感謝します。
彷徨い神父
「次、行きましょうか。宮田さん」
「えぇ」