×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -






「先入観って怖いよね」



突然そう言って笑う目の前の男に、俺は内心首をかしげる。


目の前にいるのは、最近になって都会の病院からこっちにやってきた医者だ。

整った顔をしていて、早々に看護婦たちから騒がれていた気がする。




羽生蛇村は言ってしまえばド田舎だ。

職場で同年代が俺ぐらいなためか、この男はよく俺に話しかけてくる。


休憩時間になって突然現れたこの男の第一声が、冒頭のソレ。







「たとえば、田舎の病院だけど設備が思いのほか充実してたり、院長先生はもっとご高齢の方だと思ったら驚くぐらい若い人だったり――」

「嫌味ですか」


「いや。純粋な驚きだよ」

嫌味にしか聞こえないが、目の前の男が少しズレているのは、まだ出会って間もない俺でも会話をすればすぐにわかった。



「都会の病院をからこっちに来る時、周囲が皆言うんだよ。『田舎の病院なんて設備大丈夫?』『田舎の医者はちゃんと知識あるの?』とか。皆が田舎に行く僕を可哀相だと言ってね。まるで僕が悲劇の主人公みたいな扱いだったよ」

笑いながら言う目の前の男。


・・・やはり嫌味にしか聞こえない。







「けど、来てみれば吃驚。設備はちゃんとしてるし、宮田先生は僕よりも知識豊富だし、名物の羽生蛇蕎麦は面白いし」


突然そんなことを言って、男が言いたいことが理解できない。



「ぁ、そういえば・・・」

ゴソゴソッと自分のポケットを漁り始めた。


「都会の病院から、手紙が届いたんだよ。良かったら、都会に戻って来てこっちの病院で働かないかって」


その手紙がすっと差し出される。

そこの宛名には【名前】と書かれている。

あぁ。この男の名前は名前だったな、と漠然と思う。


ということは、この男が休憩時間になって俺を訪ねてきたのは・・・






「この病院を辞める報告ですね。わかりました」




「ん?いやいや、違うよ、宮田先生」

若干慌てたように否定する目の前の男がどうにも理解出来ない。



「手紙のことを報告しに来ただけであって、誰も辞めるとは言ってないよ」

じゃぁ何が言いたいのか。




「結構この病院が気に入ってしまって、この手紙の申し出はお断りしようと思ってるんだ」


その言葉にぽかんとしてしまう。

何を言っているんだ、この男は。






「先入観とは怖いものだよ」


また同じような台詞を言った男。




「田舎じゃ、どうせ良い相手見つけられないだろうなぁって思ってた過去の俺をぶん殴りたいって思って」

ギュッと手を握られる。



「先入観は無くすべきだよね。だって・・・」


こんな素敵な人に出会えたから。と笑う男。





何故、突然そんなことを言うのか。

それじゃまるで、彼が俺のことを・・・





「宮田先生、今度二人っきりでお茶でもどうですか?」





何もかも突然で、

笑顔でそういった男の真意が、俺にはわからなかった。



先入観の話






戻る