名前さん。
彼は熱心な信者のようで、毎日のように教会に来ます。
教会に来た彼は、普段ならただただ黙って目を閉じているだけで、会話をしたことはあまりありません。
あるとすれば、挨拶ぐらい・・・
「求導師様」
だから、彼から話しかけてくれた時は、本当に嬉しかった。
私の傍に腰掛けた彼は少しだけ困ったような顔をしている。
「はい。何ですか」
「最近、ストーカーに遭ってるんです」
「ぇっ?」
まさかの言葉に私はついつい素っ頓狂な声を上げてしまう。
名前さんはそんな私に苦笑を浮べ「唐突にすみません」と謝ってくる。
慌てて「いいえ」と首を振った私。
「そ、それで・・・ストーカー、とは?」
「はい。教会から出た直後から・・・視線を感じるんです。家に帰ってからも、何処からか監視されているような感覚で。家の中にあったはずの小さな小物とかがなくなってることもあって、とても困ってるんです」
本当に困った様子の彼が、すっと私の手を握る。
ついついピクッと肩を揺らしてしまった私は、恐る恐る名前さんの顔を見る。
綺麗に整った顔が悩ましげに歪められていて、その目はジッと私だけを映していて・・・
「ぁ、あの・・・」
「求導師様。周囲の人間に心配をかけたくありません。・・・貴方しか、頼れる人がいないんです」
そう言われて、悪い気がする人はきっといないでしょう。
心臓が激しく脈打ってきて、顔にも熱が溜まる。
彼はそんな私を見て小さく微笑み「話を聞いてくれるだけで良いんです」と言ってくれた。
「求導師様を危険な目にあわせるようなことはしません。だた・・・明日も話を聞いてくれるだけで良い」
「そ、それで良いんですか?」
「ふふっ・・・ストーカーだって、私があまりに求導師様のところに熱心に通っていると知れば、その内自然消滅してくれるかもしれないでしょう?」
「わ、私のところだなんて・・・」
だって、彼が通っているのは私のところじゃなくて教会で、それで・・・
どんどん恥ずかしくなってくる。
私を見て「クスクスッ・・・」と名前さんが笑っている。
「か、からかわないでください」
つい情けない声でそういってしまい、名前さんがより一層笑ったのがわかった。
「求導師様の反応は面白いですね」
「ぅうっ・・・ストーカーの話は嘘ですか・・・?」
明らかにからかわれたであろう私の頬はまだ熱い。
「あながち嘘ではないですよ。ちょっと前まで、本当にストーカーに遭ってましたし」
「ぇっ!?そ、それで、どうなったんですか?」
さも当然のようにそういった彼に驚く。
「ストーカーを待ち伏せして、言葉で説き伏せました」
「ど、どうやって・・・?」
ついつい身を乗り出す私に名前さんはクスッと笑う。
「『私は求導師様が好きなので、こんなことしても無意味ですよ』って言いました」
「ぇッ・・・!?」
「『求導師様以外の人間を好きになれそうもないので、別の人をあたってください』とも言ったら、泣いて逃げて行きました」
「なっ、何でそんな嘘を――」
「嘘?これは嘘ではありませんよ」
笑顔でそういった彼は、そっと私に手を伸ばした。
ビクッと震える私を安心させるように柔らかく笑った彼は・・・
「それとも・・・求導師様は私のことがお嫌いですか?」
とても優しくない質問をした。
「そ、そんなの・・・」
嫌いなわけがない。
嫌いなわけがないけど・・・
「じゃぁ、質問を変えます。求導師様は
――私が好きですか?」
あぁ、酷い人だ。
名前さんの手が私の頬に触れる。
真っ直ぐと私を見ている名前さんは「貴方の言葉を聞かせてください」と笑った。
「・・・す、好き・・・です」
「それは良かった」
もう、顔が熱すぎて、頭がボーッとしすぎて・・・
「では、また明日も来て良いですか?求導師様」
「ぁっ、えと・・・はい・・・」
ゆっくりと私から離れていく名前さんに、私は少し淋しく思う。
扉を開き、外に出て行こうとした彼は、ふと思い出したように私を振り返って・・・
「また明日。慶さん」
「っ!!!!!!!」
それだけ言って帰っていきました。
熱溜まり
「〜〜〜〜ッ」
・・・この頬の熱をどうしろと言うのだろうか。