政府は俺に言った。
ブラック本丸を立て直せと。
そもそもブラック本丸とは何なのか。簡単に言ってしまえば、俺達人類の歴史のために戦ってくれている刀剣男士に無理な進軍や無意味な暴力行為、時には夜伽なんてのをやらせ、彼等の自我を完全に否定した本丸のことである。
そういう本丸の刀剣は大体が人間不信となり、下手すれば次にやってきた人間を殺してしまう。付喪神がそもそも妖怪なのか神様なのかビミョーな存在であるため、一歩間違えれば祟り神になったりする。恐ろしい恐ろしい。
・・・とまぁ、そんな本丸を政府は立て直せと言うのだ。この平々凡々なこの俺に!
別に軍人だったわけでも、神職だったわけでもない。コンビニで深夜のバイトをしていたところを突然連れ去られて審神者にさせられたのだ。
政府が誘拐とか世も末だわぁとか思いつつ、まぁ歴史修正主義者が勝てば本当に末なのかと笑ってみたり。・・・まぁすぐに笑うの止めたけど。正直笑えないし。
審神者についての本当に簡単な説明を受け、後は本丸にいるこんのすけに聞けと放りだされた俺は途方に暮れていた。
・・・こんのすけ、いねぇし!
仕方なく政府の役人がほぼ投げ捨てる様にくれた審神者マニュアルを読みながら状況を理解。流石は無駄に分厚いだけあって、ブラック本丸についてもしっかり書かれてあった。・・・こりゃ、活字が苦手な人間は絶対読まない類の本だな。
マニュアルを読めば読むほど「あ、俺の人生オワタ」って思う。ブラック本丸に丸腰の人間放るとか、政府の頭は可笑しい。
このマニュアルには初期刀とか書いてありますけど?俺貰ってませんけど?・・・やったね○○君!完全に積んでるよ!
「・・・とりあえず、挨拶だけするか」
人間不信になったボロボロの刀剣たちは俺を見てどうするだろうか。斬りかかる?まぁその時はその時だ。
「ごめんくださーい!!!」
俺は玄関前で大声を出した。
今日から此処が自分の本丸だとしても、先住民の許可無しに中に入るのは忍びない。
取りあえず返事があるまで叫ぼうか。
「ごめーんくださーい!!!!」
ふむ、返事が無い。ただの屍のようだ。
「ごぉーめぇーんー、くぅう、だぁーさぁぁぁああいッ!!!!!!!」
腹の底から声を出す。真夜中のコンビニで『おばけなんてないさ』を熱唱した俺の実力を聴け!!!!
あ、玄関の向こう側に誰かいる。
「・・・どちら様、でしょうか」
不審そうな声。たぶん此処の刀剣だろうと思い、俺は「初めまして、誘拐されて審神者になりました」と挨拶。向こう側にいる相手は少し黙ってから「・・・そうですか」と返事をした。うむ、何か突っ込んで欲しかった。
「何故中へ入ってこないのです。刀剣たちが動いて出迎えに来ると思いましたか?」
冷ややかな声に俺は「勝手に入るのは駄目かなって」と返事をする。
「他の刀剣たちは重傷で動けません・・・耳障りに叫ぶためだけに来たのなら、どうかお帰りなさい」
わぁーお、実は大分怒ってる感じかもしれないこの刀剣。
姿は見えないが、その冷ややかな声に静かな怒りを感じる。
「それは悪いことしました。あ、じゃぁ重傷者治療するんで、中入って良いですか?」
「おそらく、誰も治療は受けませんよ」
「何で?動けないぐらい辛いんでしょ?」
「中には、このまま折れてしまいたいと願う刀剣もいるのです。それを邪魔立てするなら、きっと彼等は貴方を斬る」
「それはもしかして忠告?優しいんだなアンタ。ちょっとだけ顔見せてくれよ」
実は良いヤツかもしれないとそう口にした瞬間、一陣の風を感じた。
見れば目の前の扉が横一文字にぶった切られ、無残な残骸へと姿を変えていた。
壊れた扉の向こう側にいたのは黒い髪を高く一つに結い上げたそりゃもう美しい人。いや、刀剣。
ぴりっと頬に痛みが走り触れてみれば、ほんのり血が滲んでいた。
「・・・これでわかったでしょう。今すぐ此処を去りなさい。さもなくば、次は当てますよ」
今のは警告だったのだろう。確かに、あの勢いでその手にある有り得ない大きさの刀を振るえば、俺の首なんてすぽーんっと吹っ飛ぶ。
でもなぁ・・・
「俺、たぶん帰れないんだよなぁ」
「・・・何故です」
「さっき言ったじゃん、誘拐されたって。たぶん、あのゲートからじゃ帰れない」
「・・・ならば、此処で死にますか」
「死ぬのも嫌だなぁ。見た所、アンタも結構な怪我してるだろ?せめて何人か手当てしてからが良いなぁ・・・あ、手当てじゃなくって手入れって言うんだっけ?」
というか、目の前のコイツ美人過ぎない?吃驚したんですけど。
天女が地上にやってきたかと思ったわ。いや、本気で。
え、どうしよう、何か凄く緊張する。俺こんな美人見た事ない。深夜のコンビニで見るのは飲み会帰りのやつれたおっさんと部屋着すっぴんな女子力ゼロのOLぐらいだ。
そんな俺の目には目の前の刀剣は眩し過ぎて、今すぐ告白したくなった。え?何で告白って?・・・運命感じたらすぐに告白しろって、死んだ婆ちゃんが言ってた。たぶん。
「・・・手入れをしたい、ですか。それで・・・貴方は手入れをした後、私達に何をさせようと言うのです」
試すような視線。あ、ちょっ、あんまり見つめるな、照れる。
「ノープランだ。俺だって突然此処に放り込まれて混乱してるんだ。こんのすけもいないみたいだし、此処のことをいろいろ教えてくれるヤツを確保したい」
俺の答えが良いか悪いかは相手が決めることだ。
相手はしばらく考えた後、ふぅっとため息を吐いた。
「では、条件を出しましょう」
「条件?」
「この条件を達することが出来れば、私は貴方の手入れを受けましょう。そして、他の者たちにもそれとなく掛け合ってさしあげます」
条件一つでそこまでしてくれるのか?
じゃぁ、その条件はさぞ重たいものなのだろう。
どんな条件だろうか。一発斬らせろ?それとも手入れ後首を刎ねさせろ?きっと碌な条件じゃないだろう。
が・・・コイツの願いなら何でも叶えてあげたい、とつい思ってしまう。ヤバイ、この短時間で完全に俺はこの美人の虜になっている。
「で、その条件って?」
「・・・私を振るえたら、手入れを受け入れましょう」
「・・・振るう?」
「私はこの世の者が振るえるはずの無い刀。そんな私を振るえたならば、貴方を主と認め、手入れを受け入れましょう」
この世の者が振るえるはずの無い刀。これは暗に拒絶しているのだろう。
手入れなんて絶対に受け入れない。どうせ自分を振るえるわけがない。そう高を括っているのだろう。
・・・確かに俺じゃコイツの手にある大きい刀は振るえそうにない。
が、正直俺はそれどころではなかった。
え?触って良いの?この刀、本体に触っちゃって良いの?
振るうって事はさ、結構密着しちゃうけど?良いの?密着しちゃって良いの?許可でちゃったの?
・・・ぃよっしゃぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁあああッ!!!!!!なんかよくわからないけどお触りOKのサインが出たから俺頑張る!!!!黒髪美人の為に頑張る!!!!!
「わかった!」
「・・・は?」
「任せろ!全力で振るう!じゃ、これちょっと貸して」
にっこり笑いながら手を差し出す。
まさかこんなに元気よく返事をされるとは思ってもみなかったのだろう。ぽかんとするソイツ。・・・駄目だ、マジ可愛い。
「・・・どう考えても無理だと思いますが」
「良いから!俺、絶対振るう」
「下手すると脱臼するかもしれませんよ。もしくは腰にきます」
「・・・やっぱりアンタ、俺の事心配してね?」
相手の肩や腰を心配する人間不信とか初めて見たわ。
「・・・無理をして、私の本体を地面に落とされたら嫌だから言っているだけです」
あ、これもしかしてツンデレか。和風ツンデレか!『べ、別にあんたのためじゃないんだからねっ!』ってやつか!
・・・ご馳走様です!!!!!
「大丈夫大丈夫。愛で乗り切る」
「・・・はぃ?」
「あ、クリア条件追加しても良い?俺がこれ震えたら、手入れされるついでに俺の初期刀になること。俺さ、政府から何にも渡されてないんだ」
「・・・良いでしょう。ですが、はたして貴方に私が振るえますか?」
「もちのろーん!軽く肩と腰やっても振るってみせる!」
笑顔でそう宣言した俺は、まだ名前すら知らないソイツの手から大きな大きな刀を受け取った。
・・・滅茶苦茶重かったけど、肩と腰を犠牲になんとか振り抜いた俺は偉いと思う。
満身創痍チャレンジャー
「太郎〜、仕事飽きた。お茶飲みたい」
「・・・全く貴方という人は。まだ仕事を始めて5分と経っていませんよ」
「いやぁ、そう言いつつお茶を用意してくれようとしてくれるあたり、太郎俺のこと好きだろ」
「あまりふざけたことを言っていると、その肩外しますよ」
「止めてっ!初めて太郎振った後から脱臼癖付いちゃったから止めて!」
「愛で乗り切るとか言ってた癖に」
「乗り切ったから!乗り切ったから今お前俺の初期刀兼近侍じゃん!」
ブラック本丸立て直し後、俺と太郎は割と仲良くやっている。たまに太郎が辛辣だけど。
あとがき
ピクシブでは暗いブラック本丸ネタやってるので、ギャグちっくになってしまいました。
基本、ギャグの方が好きな異音です。
・・・腰を犠牲に刀を持ち上げ、肩を犠牲に遠心力使って刀を振り回せばたぶんいけます(遠い目)←