政府から審神者になるよう言い渡された瞬間、俺は絶望した。
え?俗世から離れて大きな屋敷に人間一人?歴史修正主義者と戦う?
・・・いやいやいや、と俺は首を振った。どう考えたって嫌だ。お国の命令といえど普通に嫌過ぎる。
正直歴史とかどうでも良いし。俺の日本史と世界史の成績知ってる?常に赤点と追試の繰り返しだぜ?いや、胸を張れるような話ではないけれど。
俺が拒否しても政府は食い下がってきた。歴史が変えられてしまうとどんな被害が起きるかとか、審神者になればどんな特典が付いてるかとか・・・
ちなみに俺はその“特典”とやらについ食いついてしまった。安い男である。
何でも衣食住と全部政府が負担してくれて、尚且つ俺の相棒になる刀剣たちは揃いも揃って美人らしい。
え、何ソレ初耳。確かに屋敷に居る人間は俺一人だけど、美人と一つ屋根の下なら話は別だ。
そう思ってつい了承してしまったのが運の尽き。
まさかまさか・・・
「美人は美人でも“美男”とは思わないだろうがぁぁぁぁぁあああああッ!!!!!」
政府め!だからあえて『美女』とは言わなかったのか!!!!
畜生ッ、俺を送り出すときの苦笑いの意味はこれか!完全に騙された!!!!
畜生!畜生!と言いながら地面に這いつくばり拳で床を叩く俺。
「あ、主?大丈夫?何処か苦しいの?」
そんな俺を見下ろしおろおろとしているのは俺の初期刀。
ちらっと俺はソイツを見上げ、がくりと肩を落とした。
艶のある赤い鞘を見た時『こりゃ、赤の似合う妖艶系美女が出るに違いない』と思って選んだのが、この加州清光。
政府の役人から名前を聞いて『あれ?男っぽい名前だな・・・男装系?』と思ったが、まさか本当に男とは思わなかった。酷い詐欺だ。
「主・・・あの、ご、ごめん・・・俺、主の期待に添えられなくて」
加州清光を顕現させた次の瞬間に叫び出した俺。
そんな俺に対し、最初はただ只管に心配していた加州清光だが、次第にその目じりに涙が溜まり始めた。
今にも涙を零しそうなその表情にバツが悪くなった俺は床を叩くのを止め、静かに身を起こす。
加州清光は何も悪くない。俺が勝手に美女が出てくると期待していただけだ。俺を騙した政府が一番悪いのだが、確実に加州清光は何も悪くない。
だというのに、加州清光が顕現したその瞬間俺は何と言った?『初めまして』でもない『これからよろしく』でもない・・・
『うげっ!?男かよ!』
・・・うん、そりゃ傷つくわ。これは俺が悪い。でもやっぱり一番悪いのは政府だと思うんだ。
ここで一応大前提として言っておくが、加州清光は間違いなく美人だ。これは認めざるを得ない。
黒く艶やかな髪。
口元のほくろ。
きらきら輝くピアス。
細く長い指を彩る赤いマニキュア。
すらりと長い脚をより際立てるピンヒール。
・・・だが、股間には俺と同じブツがぶら下がっている。世の中とは何故こんなにも無情なのだろうか。
「あ、謝るからさっ、そ、その・・・捨てないで、欲しいなぁ、なんて・・・ははっ、無理だよねそんなの。ご、ごめんなさい・・・」
ついにはその赤くて綺麗な目からぼろぼろと涙を流し始める加州清光に一気に罪悪感が込み上げてくる。
泣きながらも必死に笑顔でいようとする様はまさにヒロインだ。差し詰め俺は、ヒロインを手酷く虐めた挙句に凄惨な最期を迎える悪役か。
・・・うん。言い訳はもうよそう。これは完全に俺が悪い。
「泣くなよ、加州清光」
ハンカチなんて小洒落たもんは持ってないから仕方なく服の袖で目元を拭ってやれば加州清光は「あ゛る゛じぃぃい゛っ」ともっと泣き始めた。罪悪感、いまだ止まる事を知らない。
「ごめんな。俺が考え無しな発言したばっかりに、お前を傷つけたな。初めましてなのに、挨拶もしてなかったし」
「っ、主のっ、せいじゃないよ・・・俺が、女じゃない、からっ」
しゃくり上げながらも頑張って喋る姿に心が悲鳴を上げる。もうやめて!俺の心のライフはもうゼロよ!
「加州清光!」
俺は耐え切れず、加州清光の手をがしりと掴んだ。
吃驚して「ひゃいっ」と声を裏返しながら返事をする加州清光に俺ははっきりとした声で言った。
「お前は男だが、美人なのは認める!」
「あるじっ」
「くっ・・・正直言って、俺が出会った女の子たちよりもぶっちぎり優勝レベルで可愛いッ!」
その瞬間加州清光が「主ぃっ!」と嬉しそうな声を上げながら俺に抱き付いて来た。
ピンヒールを履いているがギリギリおれよりも背が低い加州清光は俺の肩口にぐりぐりと顔を摺り寄せる。
至近距離になって初めて気づいたが、加州清光なんか良い匂いする。香水とかじゃなくって、ほんのり甘いっていうか・・・シャンプー?シャンプーの匂い?それとも体臭?やばい、加州清光はその身に纏う匂いでさえ美人なのかっ!!!
「主・・・俺、女にはなれないけど、主に気に入って貰えるように、もっと可愛くなるからさ・・・」
「・・・いや、お前は十分可愛い」
「主好き!」
ぎゅーっと渾身の力で抱き付かれて口から内臓出そうになったがなんとか抑えた俺。くっ!これが本当に女であったら・・・!
「加州清光、遅くなったがこれからよろしくな」
「うん!あ、そうだ主」
「んー」
男に抱き付かれているというのが現実だが、今は我慢しよう。正直加州清光が美人過ぎて感覚がマヒしかけている。どうしよう、男だけど美人だ。女より女だ。どうしよう、おれの脳よ!正常な判断求む!
「俺の事、加州清光じゃなくって・・・清光って、呼んで?」
こてんっと首を傾げて言う涙目上目使いの美人。
あ、これ駄目っすわ。
「俺の可愛い清光、これからよろしくな!」
「主大好き!」
ひしっ!と抱き締めあった俺達を微妙な表情で見つめているこんのすけの姿があることなど、俺達はしばらくの間気付くことはなかった。
初期刀が男でした
結論:俺の初期刀可愛い