我が家では・・・というか俺限定だが、江雪左文字のことを『雪江(ゆきえ)さん』と呼んでいる。
理由は単純に、初対面の時に名前を読み間違え、その後も幾度となく呼び間違えたから・・・というあまりに失礼なものだったが、雪江さんは特に起こった様子もなく俺の呼びかけに「はい、何ですか」なんて返事をしてくれる。
もちろん周囲、特に宗三さんにはちゃんとした名前で呼ぶようにと注意されるのだが、気付いた頃には引き返せないぐらいこの呼び方が習慣化してしまっていた。
雪江さんも、俺が「江雪さん」と呼びかけると一瞬違和感を覚えたような顔をして「・・・はい、何でしょう」と妙に畏まったような返事をするのだ。
これはもう、雪江さんの方もこの呼び方に慣れてしまっているのだと思う。
頭を抱える宗三さんには申し訳ない。ちなみに俺は彼のことも最初は間違えて『むねさん』と呼んでいた。
流石にキレられたため、宗三さんについては改善出来た。
名前の読み間違えからわかる様に、俺はあまり頭が良くない。
いや・・・そもそも昔の人の名前の読み方って難しくないか?
鯰尾くんが現れた時とか、隣にいた雪江さんに助けを求めたぐらいだ。ちなみに、一度『なまずくん』って呼んだら馬糞投げられそうになった。たった一文字付け忘れただけなのに。
雪江さんとは割と長い付き合いで、頻繁に近侍をしてもらったりしている。
戦いとかあまり好きじゃないらしいから書類整理とかを手伝って貰っているけど、雪江さんってほんと頭良い。
政府から送られてくる堅っ苦しい言葉遣いと難解な漢字が並んだ書類を何度語訳して貰ったかわからない。
しかも雪江さんは俺が文字に疎いことを知っているからか嫌な顔一つせずに教えてくれる。疲れたなと思う頃にはお茶まで用意してくれるんだから、本当に出来た人だと思う。
「雪江さん、この文脈可笑しくないかな」
政府に提出する書類内容を打ち込んでいたパソコンの画面を見せると、雪江さんは慣れた様子で俺の隣に座り文章の確認をした。
普通、こういうのの確認をするのって俺の方だと思うんだけど、雪江さんが確認してくれた方が効率的かつ確実なんだから仕方ない。
「・・・えぇ。良いですね」
「やった!雪江さんの『良いですね』頂きました!」
変なところがあった時は難しそうな顔をして「・・・そう、ですね・・・もう少し、改良した方が良いでしょう」と遠回しに『全然駄目』を知らされるから、今回は本当に良い出来だったのだろう。
上機嫌で完成した書類を政府へと送信。直筆のサインが必要な書類以外はこうやって送信するだけで済むのだから、便利な世の中だ。
「今日も有難う、雪江さん。休憩してきて良いよ」
「・・・では、お茶でも・・・入れてきましょう」
「俺の分は別に良いよ」
「・・・いいえ、お疲れでしょう・・・?」
雪江さんって本当に気遣い上手。休憩してきて良いよって言ったのに、わざわざ俺にお茶を淹れに行こうとするなんて。
俺も、雪江さんみたいな気遣い上手になれれば良いんだけど・・・
「・・・あ、そうだ」
忘れてた忘れてた、と俺は戸棚の中を漁る。
部屋から出て行こうとしていた雪江さんは俺の様子に少し首を傾げ、その場に突っ立っている。
首を傾げた時に揺れた艶やかな髪、綺麗だなぁ。
「雪江さん、雪江さん」
「はい、何ですか」
笑顔でちょいちょいと手招きをすると何の疑いも無くこっちに近づいて来てくれる雪江さん。
そんな彼に俺は「あげる」と風呂敷で包まれたソレを差し出した。
「・・・これは?」
「御饅頭。前に万屋のおばちゃんから貰ったんだけど、二つしかないからさ、誰かと食べておいでよ」
雪江さんのことだから、きっと小夜ちゃんとかと食べるかな。
風呂敷を受け取る雪江さんを眺めつつそんなことを考えていると、雪江さんの口から予想だにしていなかった言葉が零れた。
「・・・一緒に、食べませんか?」
「えっ・・・」
「お茶の用意を・・・してきます」
返事を待たずにそう言って部屋を出て行ってしまう雪江さんにぽかんとしてしまいつつ、書類とパソコンを片付けた。
戻ってきた雪江さんの持つおぼんには急須と湯呑と、器に移された饅頭二つ。
慌てて「手伝う!」と宣言するも、手際が悪いせいで手伝うどころか邪魔をしてしまった気がする。それでも嫌そうな顔一つしないで「えぇ・・・有難う、ございます」と言う雪江さんは優しい。
「じゃ、いっただきまーす」
俺は自分の握り拳より少し大きくて真っ白な饅頭を一つ手に取り、そのまま一口。程よい甘さの餡子がぎっしりと詰まっていて美味しい。
つい顔をほころばせる俺の隣で丁寧にお茶を淹れる雪江さん。
お礼のつもりで饅頭を上げたのに、結局こうなってしまう。
申し訳なさから「ごめんね、雪江さん」と言えば雪江さんは顔を上げ「何が・・・です?」と湯呑を差し出してきた。咄嗟に湯呑を受け取る。
「えっと・・・雪江さんに、気を遣わせてばかりの主で、ごめんね」
湯気と共に鼻腔を擽るお茶の良い香りに、謝っている最中なのにぐらぐらくる。
雪江さんのお茶、侮れない。
「・・・気など・・・遣っていません・・・」
雪江さんの白くて綺麗な手が饅頭をひょいと掴む。
そのまま流れる様に饅頭を一口齧り「美味しい、ですね・・・」なんて言う雪江さんをじっと見つめる。
人が食べてるところをまじまじ見つめるのは失礼かもしれないけど、やけに優雅なその仕草にはつい目が行ってしまうんだ。
これだか優雅で綺麗な人が俺の隣にいるってこと自体が何だか夢のような気もするぐらい、雪江さんは俺には勿体ない人だ。
「本当にごめんね、雪江さん。俺って書類作成すらまともに出来ないし、雪江さんの名前間違っちゃうし・・・というかもう間違ったままでも良いやって思っちゃってるし・・・こんなに雪江さんにお世話になってるのに、出来るお返しがこんな饅頭一つって・・・」
今も雪江さんがわざわざ淹れてくれたお茶を啜ってる。御饅頭一つじゃ清算できないぐらい、俺は雪江さんにお世話になってる。
俺を静かに見つめていた雪江さんは、そっと目を伏せた。
「・・・何故、謝るのです・・・」
何処か哀愁すら覚えるその様子に少し動揺してしまう。
「雪江さんは・・・嫌じゃない?こんな駄目主」
「・・・貴方が駄目な主だと、思ったことは・・・一度もありません」
それに、と雪江さんが顔を上げる。
その顔にほんのりとした微笑みがあり、俺は身体を硬直させた。
「・・・私は・・・貴方と、こうやって過ごす時間が・・・好き、です・・・」
「・・・そうなの?」
つい声が上ずる。
どうしよう嬉しい。
小躍りしそうなぐらい喜んでいるのだけど、それをやったら雪江さんに呆れられてしまいそうで俺はなんとか抑えた。けど口元はついついにやけてしまう。
雪江さんはそんな俺に気付いたのか「・・・わかりやすい、ですね」とまた笑った。
「貴方の・・・そういう、素直なところが・・・好きなのです・・・」
・・・あ、小躍りじゃ済まない。頭の中でフェスティバルだ。
今すぐ俺も好き!って叫びたいけど、何かはしゃいでるのバレバレだし、男の身としてはもうちょっと格好良く何か気の利いたこと言いたいし・・・
「お茶のおかわり・・・いりますか?」
「ください」
取りあえず、雪江さんの美味しいお茶を飲んで冷静になろう。
我が家の雪江さん
あとがき
プレイ二日目に我が本丸にやってきた和睦マシンこと江雪さんは天使だなと思いました。
最初、ほんとに『ゆきえ』さんだと思ってました。ごめんなさい大好きです。
そういえば、ファミマでクリアファイルのイベントやってましたね!第1弾は存在に気づかず、第2弾が始まる前日に慌てて駆け込んだら左文字兄弟だけ、しかも1枚だけ残ってて、やっぱり雪江さんは天使だと思いました(*´Д`)