縁側に腰掛け庭に咲き誇る桜を眺め、ほぅと息を吐く。
審神者になって早幾月。この仕事にも随分慣れてきた気がする。
慣れてきたのは仕事だけではなく、刀達との関係もかもしれない。
最初は何から手を付けたら良いのかわからなかった。大怪我を負わせてしまうこともあって、その度に悩んだ。
彼等は本体こそ無機物であるが、今は心を持つ“一人”なのだ。僕だって鬼じゃない。情だって湧く。何時か壊してしまうんじゃないか、何時か見限られてしまうんじゃないか、そんな不安ばかり抱いていた僕を支えてくれたのは、他でもない――
「主・・・此処にいたんですか」
「あぁ、長谷部くん・・・」
見つかったか、と少し笑う。
彼は何時だってそうだ。何時だって僕の傍にいて、何時だって僕を支えてくれた。大切な刀達の中でも最も信頼が置ける者と言えばまさしく彼だろうと思える程、僕は長谷部くんを信頼している。
「どうかなさいましたか?」
「ん?あぁ・・・いや、大したことじゃ・・・」
そう言って首を振ろうとして止めた。
長谷部くんが悲しそうに眉を下げたからだ。
何時からだったろうか。長谷部くんが僕に主命以外でべったりするようになったのは。
最初はあっさりとした主と部下の関係で、長谷部くんは兎に角前の主・・・まぁこの場合信長さんだろう、彼の話ばかりしていた。今でも時折彼の話はしている。が、以前と比べればそれもめっきり減った。
僕が話しかければ嬉しそうに笑って返事をするし、僕が褒めれば頬を染めてふにゃりと笑う。
これが可愛くないわけがない。刀相手にそんなことを考えてしまうなんて、当初の僕は考えてもみなかっただろう。
「・・・変な話だけど、良い?」
「はい」
すっと僕の傍で綺麗な正座をし聞く体制にはいる長谷部くん。板間で正座は痛いだろうに。
「思うんだよねぇ・・・この審神者の仕事が終ったら、どうなるんだろうって」
「どう、とは?」
「お別れなのかなぁーって。他の皆とも・・・長谷部くんとも」
「っ・・・」
びくっと長谷部くんの肩が揺れた。顔色がみるみる悪くなっていく。
しまった、やはりこういう話題はあまり刀達の前でするもんじゃない。
始まりがあれば終わりもある。それは誰だってわかっているのだ。わかりきっていることをわざわざ口に出す僕は、なんて酷い主なんだろう。
「ごめんごめん、辛気臭い話しちゃって。まだ全然敵さん減ってないのにね」
「主っ」
「おっと・・・」
驚いた。
長谷部くんが、あの長谷部くんが僕に抱き付いて来た。
こんな行動初めてで、僕は咄嗟に受け止めた長谷部くんの背にあくまで自然に腕を回す。
「ご無礼を、お許しください・・・ですが、今少しだけ・・・」
「うん。良いよこれぐらい・・・長谷部くんはあまり我が儘を言わないからね。普段の分も合わせて、存分に甘えなさい」
むしろ僕が甘えている気分だ。
すりっと僕の胸に顔を押し付ける長谷部くんの顔は見えない。
僕はと言えばそんな長谷部くんに語りかけることはなく、ただただその背を撫で続けた。
「申し訳ありませんでした」
「ううん。良いって良いって」
しばらくして離れた長谷部くんはいつも通りのすまし顔。
「そうだ長谷部くん、ちょっと喉乾いちゃったよ。飲み物とか持ってきてくれる?」
「主命とあれば」
小さく微笑みさっと僕に背を向け歩き出す長谷部くんに「ゆっくりで良いよー」と言いつつ、視線を庭の桜へと戻した。
長谷部くんは多少なれど僕に執着してくれている。その事実に喜んでしまう僕はなんて愚かなんだろう。
「・・・我が儘なのは、僕の方かなぁ」
この戦いが終わっても、せめて長谷部くんだけは一緒にいて欲しいなんて。
長谷部くんが聞いたらきっと、困ったような顔をしながらも「ご随意に」と言うのだろう。
「今、絶対酷い顔してるなぁ・・・」
せめて長谷部くんだけ、長谷部くんだけでも・・・
そう願ってやまない僕が何時か政府の御厄介になるんじゃないかと思うと、案外笑えない。
結末よどうか急ぐな
・・・我が家の長谷部が鍛刀に関しても刀装に関しても優秀過ぎて辛い。愛おしすぎて辛い。