「ぬしさまー、この小狐丸をどうぞ可愛がってくださいませー」
「おやおや、小狐丸は甘えただこと」
暇になったのか、主の部屋へとやってきた小狐丸は中に居た名前に抱き付く。
名前はそれを笑顔で受け止め、その柔らかな毛並を撫でた。
それに気を良くした小狐丸はその頭をこてんっと名前の膝へと乗せた。
男のものだからどうしても少し硬いが、小狐丸にとってはこれが丁度良かった。温かくて心地よい、自らの主の膝が。
「ぬしさまのお膝は、小狐丸のお気に入りにございます」
すりっと太腿に頬を摺り寄せる小狐丸。そして・・・睨みつける者が一人。
名前の近侍であるへし切長谷部だ。
「黙って見ていれば・・・無礼が過ぎるぞッ!!!!」
今にも刀を抜かんとする長谷部に名前はふぅと息を吐く。
「こらこら長谷部、少し落ち着きなさい」
「何故です主!この者は主を愚弄して――」
「良い良い。親しみを持ってくれるのは主として喜ばしいことだ。私は嬉しく思うよ」
実を言えばずっと名前の後ろに控えていた長谷部は耐え切れないとばかりに小狐丸を睨みつける。
しかし当の小狐丸は素知らぬ顔。長谷部など見えていないかのように名前の膝にじゃれ付いた。
「っ・・・このッ」
「こらこら、いい加減にしなさい長谷部。小狐丸、悪いが少し席を外してもらえるかな?後で存分に可愛がってあげよう」
「ぬしさまが言うならば仕方ありませぬ・・・」
長谷部の言葉ではぴくりとも動かなかった小狐丸はあっさりと膝から顔を上げ、部屋を出て行く。
その後ろ姿をぎりぎりと睨みつける長谷部は襖がカタンッと音を立てて閉じると同時に自らが敬愛する主を見た。
名前は小さく笑いながら「小狐丸は可愛い子だ」などと言っている。長谷部の奥歯がぎりっと鳴った。
「・・・あのように甘やかしては、他の刀剣たちに示しがつきません」
「ふむ・・・」
長谷部の言葉に何やら考える素振り見せ、それから思いついたようにぽんっと手を叩いた。
「長谷部、こっちにおいで」
「えっ」
「今私の膝は空いている。普段はじゃれ付いてくる短刀たちも小狐丸もいない」
「し、しかし・・・」
視線を漂わせる長谷部に名前はくすりと笑った。
「たまにはお前も甘えなさい。私はお前のことも、可愛い可愛いと思っているのだよ」
「かっ、可愛いなどと・・・お、お戯れを」
そう言いながらもカッと赤くなった頬は隠しようもない。
長谷部は漂わせていた視線を名前の膝へと定めると、小さく深呼吸をした。
「あ、あの・・・」
「うむ」
「では・・・その、少しだけ」
そろっと、実に恐る恐ると言った風に近付いてくる長谷部に名前はにこにこと笑うばかり。
ちょんっと長谷部の手が胡坐を掻いた名前の太腿へと触れる。
「あ、ぇと・・・あ、主っ」
「あぁ全く、損な子だね、お前は」
触れた状態のまま動かなくなった長谷部に大袈裟なため息を吐いた名前は目下にある長谷部の頭にぽんっと手を置き、ぐいっと押した。
上からの圧で長谷部はぱたりと名前の膝に倒れ込む。
温かくてふんわり良い匂いが傍にある。長谷部は恥ずかしさよりも幸せを感じた。
「よしよし。長谷部は何時も良い子だ」
「主・・・」
髪を梳く様に撫でられ、長谷部はその心地よさに目を細める。
「お前は頑張り屋さんだ。何時も私に尽くしてくれて、私は何時だってお前に感謝しているんだよ、長谷部」
「そんな・・・畏れ多いです・・・」
心地良さが次第に眠気を生む。
疲れが溜まってきていたのかもしれない。
しかし主の膝で眠るわけにはいかないと長谷部は我慢しようとする。
そんな長谷部に気付く名前はふわりと笑い長谷部の目元を撫でた。
「眠れば良い。私が見守っててあげるから」
「ん・・・主、しかし・・・」
「ほぅら、良い子の長谷部はお休み。しばらくしたら、起こしてあげるから」
尚も撫でられ、優しい声で優しい言葉を掛けられて・・・
長谷部はとうとう、その瞼を閉じた。
おやすみ、愛しい子
結局夕飯の時間ぎりぎりになるまで名前の膝を枕に眠ってしまっていた長谷部はしきりに「申し訳ありませんでしたっ!」と名前に頭を下げていた。