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俺は昔から人に勘違いされやすい性質だったが、まさか『神様』にまで勘違いされやすいとは、この仕事に着任してから初めて知った。

どう勘違いされるのか。それは目の前の近侍の様子から見れば大体察して貰えるかもしれない。




「・・・なぁ、一期一振」

「っ・・・な、何でしょうか。何か不備でも御座いましたか?申し訳ありません、どうかお許しを、どうか、弟達は・・・」


「・・・何でもない。仕事に戻ってくれ」

俺が話しかけた瞬間に顔を真っ青にさせ、がくがくと震え出す一期一振。


誤解してほしくないのは、俺は別に常日頃一期一振をいびっているわけでも、彼の弟にあたる短刀たちに手を出しているわけではない。断じて。出していたら即ブラック審神者扱いで政府に強制連行されるからそういう誤解はほんと勘弁願いたい。

だったら何故彼はこんなにも怯えているのか。これぞ、俺が勘違いされやすう性質だと自負する要因だ。




俺は昔から、何もせずとも人に怖がられていた。

曰く目つきが殺人鬼のそれだとか、曰く声が人の心の中にある恐怖心を増長させるだとか、曰く高身長のせいで見下ろされると喰われてしまいそうだとか・・・


見た目で損をしているなら、行動で示せば良い。そう考えていた時期が俺にもあったさ。

実は園芸が趣味だからと植物を育てると『あの植物の下には死体が埋まっている』と気味悪がられ、人にプレゼントした暁には『実はこれは毒草で、自分を殺そうとしている』というとんでもない勘違いをされ、相手には大号泣の末土下座された。俺が泣きたかった。


ならばと今度は料理や裁縫に手を出してみたりしたがそれも惨敗。何だよ毒殺って、何だよ呪いの儀式って。




審神者になる時なんて、ほんと大変だった。

俺を勧誘しに来た政府の役人はビビリ過ぎて泣きながら『しゃ、しゃにわになってくだひゃい』と五体投地したし、いざ審神者になったらなったで定期的に刀剣達の安否を確認されるし・・・


もし此処で俺の刀剣達が俺のフォローをしてくれていたら、また少し変わったのだろう。だがしかし結果は惨敗。神様にも恐れられる俺って何なんだ。

俺が近侍を頼もうものなら皆絶望しきった顔になるし、一期一振のように兄弟や縁のある相手がいる刀剣は自分が近侍になるのでどうかあの子だけはっ!と何やら本当に俺が悪いことしてるみたいな雰囲気ガンガン出してくるし。え?近侍を指名するって、実は生贄を要求することだったの?


俺を恐れているからか皆凄い働いてくれるけど、褒めようと思って近づいたら絶望されるし話しかけたら泣かれるし・・・







「・・・もうやだ」

ぐっと机の上で拳を握りしめると、目の前の書類がくしゃっと歪む。


俺の声を拾ったのか、一期一振が肩を盛大に震わせてから俺の方を恐る恐る見る。




「あ、主?どうかなされましたか?」

「近侍はもう良い。部屋に戻って良いぞ」


「まだ仕事が残っていますが・・・」

「良い。あと、夕餉はいらない」

おろおろする一期一振を執務室から追い出し、大きなため息。




怖がられるって結構精神的にくる。審神者じゃなかった頃は、静かな場所で大人しくしていればそれもいくらか和らいだが、本丸にプライベートはあってないようなものだ。四六時中何処からか刀剣の声は聞こえるし、刀剣の視線はあるし、その癖俺が声を上げたり視線をやったりすれば怖がられるは泣かれるは謝られるは・・・



「帰りたい」

どうせ何処へ行っても怖がられるなら、せめて一人になれる空間がある場所へ帰りたい。もういっそ、一生独りになりたい。まぁ既に精神面では独りぼっちだが。

考えれば考える程涙が出てくる。


何もやってないのに危険人物扱いされるとか、別に悪意があるわけじゃないのに怯えられたりとか、本当は他の本丸みたいに俺も刀剣達と仲良くしたいのにそれが出来ないとか、もううんざりだ。

書類がぐしゃぐしゃになるのも構わず机に突っ伏しえぐえぐ泣く成人男性はそりゃもう気持ち悪いことだろう。だがこうやってガス抜きしなきゃ、ほんとどうにかなっちゃう。










「・・・久しぶりに泣いたかも」

ぐすっと鼻を啜り、そうだどうせなら少しふて寝してやろうかなと思いよっこいしょと立ち上がろうとした俺は、中腰のまま固まった。


何故って?

中途半端に開いた襖から、驚愕顔の一期一振がこちらを見ていたからだよ。



え?見た?見たよね?

どうしよう、怖がられるにプラスして気持ち悪がられたら俺ほんと・・・死ぬしかないんだけど。



「主・・・」

「あ、えっと」


こういう時はどう弁解すれば良いのかわからない。

中腰のまま固まっている俺は、一期一振の言葉を待つしかない。




「手拭いと、何か飲み物をお持ちします」

「えっ・・・あぁ、頼む」

そう言ってさっと執務室を離れて行った一期一振に唖然としていると、一期一振は驚きの速さで戻ってきた。


手に持ったおぼんの上には手拭いと、何やら可愛らしいパッケージのジュースが置かれている。


可笑しい。何時もだったら緑茶だとかブラックコーヒーだとか、兎に角こういった可愛らしいものは俺には回ってこないはずなのに。

まぁ、実際可愛らしいものは嫌いじゃないし、たまにはジュースも飲みたいなと思ってたし、嬉しいっちゃ嬉しいけど・・・





「これは、短刀たちのじゃないのか」

「えぇ。最近あの子達が好きな飲み物でして・・・」


あ、これ後から短刀たちに悲しみの目で見られるやつだ。

俺は目の前に置かれたおぼんからそっと手拭いだけを受け取り、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を拭った。




「お飲みにならないのですか」

「・・・短刀たちにやってくれ」


「そう言わずに」

「えっ」


何だこの一期一振。普段は俺が一言声を上げるだけで真っ青になるのに、何だこの押しの強さ。

あまり押され慣れていない俺は「あ、あぁ」と言いながらジュースのパックを手に取り、側面についていたストローを穴に差す。


力加減を間違えて少し溢れてくるジュースに慌てると、一期一振が「大丈夫ですよ」と零れたジュースを手拭いで拭ってくれた。・・・何だこれ。




「・・・あー、一期一振。部屋に戻って良いと言ったはずだが」

「はい。しかし夕餉がいらないと申されたので、もしかすると体調が悪いんではと・・・」


そしたら俺の大号泣を見ちゃって驚愕、という流れか。

というか怖がってる相手の体調を気遣うとか、目の前の刀剣は出来た男だと思う。こりゃ、巷でいもけんぴだとか王子様だとか呼ばれているんも分かる気がする。




「それは心配かけたな。もう戻って良いぞ」

「そろそろ八つ時です」


「・・・ん?」

あれ?今もしかして無視された?




「光忠殿がほっとけーきに挑戦したそうで。主は甘い物はお好きですか?」

好きだけど、何でいきなり?


「宜しければ、ご一緒にいかがですか?」

「・・・いや、折角のおやつの時間に邪魔をするつもりはない。今飲んだジュースで十分だ」


短刀達たちが好きなだけあって甘くて美味しいジュースをじゅっと飲み干しおぼんの上に戻すと「主」と一期一振が俺を呼んだ。見れば、一期一振の顔には今まで見たことがないような満面の笑みが浮かんでいる。




「では参りましょうか」

「あれ?俺、今断ったよな?」


「遠慮なさらずに。さぁさぁ」

腕を掴まれ引っ張り上げられ、執務室から連れ出される。

執務室から出たあたりで偶然通りかかった和泉守や獅子王たちが驚愕の面持ちでこちらを見ていたが、一期一振は全く気にせず、それどころかにこにことした表情のまま大広間へ向かって歩いて行く。


広間に近付くにつれてホットケーキのものと思われる甘い香りに、ついつい肩の力が抜ける。




いや、一期一振の様子が可笑しいのは一先ず置いておくとして、他の刀剣たちはそうもいかないだろう。

折角のおやつの時間に俺が現れれば、和やかな空気は一瞬にして地獄の様な空気に変わってしまうだろう。




「一期一振、やっぱり俺は・・・」

「光忠殿、主の分もお願いします」

また無視された。


俺を無視して大広間にいた燭台切に一期一振が声をかけると、燭台切は俺を見て「えっ、あ、主!?」と顔を真っ青にさせ、一期一振が俺の腕を掴んで引っ張ってる姿に目をひん剥いた。




「ななな、何してるんだい一期くんっ!」

「あと、主もジュースでお願いします」

「待って!僕全然付いてけない!」

奇遇だな燭台切、俺もだ。



「仕方ないですね。私も手伝いましょう」

「え、あ、有難う・・・?」


あ、燭台切が流された。

一期一振はあろうことか俺を置き去りに燭台切と共に厨へと消えていく。え?俺、どうすれば良いの?



怯え始める刀剣たちに遠い目をしながら出来るだけ無心になる事しばらく。



「主くん!主くんには特別に一枚多く焼いたからね!」

「えっ」



燭台切が一期一振と同じ満面の笑みで帰ってきた。一期一振は「ささっ、主はこちらへ」と俺を誘導する。

周囲も俺もついて行けないなか、おやつの時間がスタートする。



おそらく普段なら和気藹々とおやつを食べるのだろうが、俺と言う不安要素がいるせいでその場はしーんっと静まり返っている。

居心地の悪さを感じながらホットケーキを食べる。うん、場の空気関係なくホットケーキは美味い。


無言のままもぐもぐと食べていると横からすっと手が伸びてきた。




「主、付いていますよ」

「・・・すまない」

何だ、ナチュラルに頬から食べかす持ってかれたぞ。


というか何で一期一振俺の隣にいんの?兄弟たちと一緒じゃなくて良いの?普段は俺から守ると言わんばかりに短刀たちを背中に隠してるのに。

燭台切も俺が一口ホットケーキを食べるごとにほんわかしたような顔をしているが、今朝まで全然そんなことなかったじゃん。何時俺が料理ひっくり返すんじゃないかって怯えた様子で俺の挙動をちらちら見てたじゃん。



ほら、他の刀剣たちもどうしたら良いのかわからないって顔してこっち見てるじゃん。俺もどうしたら良いのかわからないよ、助けてこんのすけ。あ、俺こんのすけにも怖がられてるんだった。


ごくっとホットケーキを飲み込みながらちょっと泣きそうになった。





もしかして俺、今優しくされてる?って思うとほんともう涙腺がヤバい。







優しさに慣れてない勘違い審神者








「あぁ、主。大丈夫ですよ、今まで申し訳ありませんでした。貴方の近侍を誰より多く務めていたのに貴方の御心に気付かずに。これからは、貴方の御心を何より大事にします、我が主」

次の日から、皆が怯えなくなって優しくなった。泣いた。



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