名前さんは師匠のお友達で、凄く良い人だ。
会えばお菓子とか牛乳とかくれるし、僕が話しかければ笑顔で「なぁに」と言ってくれるし・・・
名前さんみたいな大人に、僕は憧れている。
何時か名前さんみたいな素敵な大人になりたい。最初は憧れで、何時の間にか憧れを超えてて・・・
自分でも驚いちゃうぐらい、僕は名前さんという一人の人に夢中になっていた。
夢中で夢中で、名前さんの隣に立ちたいと思うようになった。
「名前さん、あの・・・」
「なぁに、モブ君」
小さく微笑みながら本を閉じる名前さんに胸が少しきゅぅっとなる。
名前さんも師匠も大人だ。一挙一動が様になる。
そっと名前さんが座っているソファに近づいて、隣に座る。
それだけでドキドキするのに、名前さんが僕をじっと見つめているせいでもっとドキドキしていた。
「聞きたいことが、あるんです」
「うん。言ってごらん」
本を傍のテーブルに置いて、僕の言葉を待ってくれてる。
意を決して、僕はその言葉を口にした。
「どうやったら、その・・・名前さんみたいな、大人の男になれますか?」
「大人の男?」
ぱちぱちと目を瞬かせてから、名前さんは「ふふっ」と笑った。
変な質問したかな、と不安になる僕の頭に名前さんの大きな手が置かれる。
「大人になりたいの?」
「はい。名前さんは師匠みたいな、大人の男になりたいです」
そうしたら、もっと名前さんに近付ける。
師匠みたいに名前さんと一緒にお酒を飲むことだって、難しい話をすることだって出来る。
子供の僕じゃ出来ないことが、大人なら出来るんだ。
だからなりたい。大人になりたい。
「・・・焦らなくても良いんじゃないかな」
「え?」
何時もなら丁寧に丁寧に説明してくれる名前さんが返してくれた言葉は、たったそれだけ。
驚いて目を丸くする僕に、名前さんが困ったように眉を下げた。
「モブ君は、何で大人になりたいの?」
「えっと・・・」
理由を聞かれるなんて思わなかった。
恥ずかしくて少し下を向く。
けど視線を背けたって名前さんの視線は僕へと向いていて、その視線にずっと黙って置くなんて選択肢はなくなって・・・
「名前さんと・・・並びたい、なって」
「私と?」
「大人になったら、名前さんに・・・もっと近づける、かなって」
恥ずかしい。
きっと名前さんも呆れてしまう。こんなの、自分がどうしようもない子供なんだと言っているようなものじゃないか。
恥ずかしいな、とっても恥ずかしい。
名前さんの顔を見たくない。きっと、飽きれた顔で僕を見てて――
「待っててあげる」
「ぁ・・・」
そっと頬に手を当てられ、顔を上げさせられる。何時もより、名前さんの顔が近い。
優しげな眼が、すっと通った鼻が、綺麗な微笑みを浮かべる唇が・・・
何だか顔が熱くなって、けれど目が逸らせない。名前さんの目の中に映る僕は、真っ赤な顔で口をぱくぱくさせていた。
「私はのんびり待ってるよ。モブ君が大人になるのを」
待ってる?
待ってるってことは、置いて行かないでくれるってことですか?置いて行かないで、僕をずっと待っててくれるんですか?
「だから焦らなくても良いんだ。私は気が長い方なんだから」
優しく優しく、まるで諭されるような言葉が僕の耳を通って頭を通って、胸に広がる。
「急いで大人になろうとしなくたって良い。ゆっくりゆっくり、子供はいろんなことを学んでいくんだ。そうして、大人の自分を作って行くんだ」
ね?と名前さんが目を細めて笑った。
「名前さんは・・・子供の頃、どんな子供だったんですか?」
「モブ君と変わらないよ。早く大人になりたいなりたいって思ってた」
「どうやって大人になったんですか?」
「何時の間にか大人になってたんだ」
「何時の間にか、ですか」
名前さんが笑ってる。
僕を馬鹿にした様子なんて全くない、呆れた様子なんて全くない、そんな笑顔。
その笑顔と名前さんの言葉に何だかとても安心して、けどやっぱり恥ずかしくって・・・
「だから、待ってるね」
「はいっ」
ほんの少し俯きながらも、弾んだ声で返事をした。