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「なぁ名前」

バイト先の床を掃き掃除していると、突然声を掛けられた。


振り返ればそこに立っているのは雇い主の霊幻さん。中学生の僕を時給300円で雇っている大人だ。因みにもう一人影山くんという同じく中学生の男の子も時給300円で雇われているのだけれど、今日はまだ来ていない。



「何ですか霊幻さん、掃除の途中なんですけど」

つい先程帰って行った客に霊幻さんが執拗に塩をまぶしたせいで床まで塩塗れだ。砂糖とは違って虫が寄ってくることは無いけれど、早く掃除するに越したことは無い。


「名前、毎日頑張ってるお前にボーナスをやろう」


「珍しいですね、霊幻さんがボーナスなんて」

「・・・良いから黙って受け取れよ」

ほら手を出せ、と言われて素直に手を出せばチャリッと音を立てて手に載せられる硬化。

ひーふーみー、と枚数を数えると100円玉が5枚。500円だ。



「500円ですか」

「500円だ」


「まぁ、お小遣い程度ですね」

「ボーナスだ、ボーナス」

「はいはい。ボーナスですね」

じゃぁ有難く受け取りますねと500円をポケットにしまい込む。



「何だよ、不満か?」

「別に不満はありませんよ」

不満はないが呆れている。そんな雰囲気を全面に出せば霊幻さんはムッと顔を歪めた。


そんな顔をされたくないなら、もっとちゃんとした大人になれば良いのに。

・・・いや、霊幻さんは今のままだから良い味だしてるのかもしれない。そもそもしっかりとした霊幻さんなんて想像も出来ないし。



「有難う御座いました。それじゃ、僕は掃除の続きをしますんで、霊幻さんは離れててください」

くるっと霊幻さんに背を向けて掃除を再開する。


霊幻さんが不満そうにしているのはわかるけれど、僕だって暇じゃない。早く清掃を終わらせて、今日のバイトが終ったらすぐに家に帰って宿題をするんだ。明日は確か小テストもあるはずだから範囲を見返さないといけない。



「・・・なぁ、名前」

「後にしてください霊幻さん」

仕方ない人だ、掃除が終ったら構って上げよう。


「良いから、こっち向けよ」

「はい?」

呼ぶ声に振り返った瞬間、唇をふにりと押す感触。


「追加分のボーナスだ」

にやっと悪い大人の笑みを浮かべて言う霊幻さんに僕はしばらくきょとんとした後、思わずくすっと笑った。


「はい。確かに頂戴しました」

普段何かと大人げない人だけど、こういうところはやっぱり大人なのだ。悪い方向にだけど。





ボーナスは唇で





「ボーナス分ちゃんと働けよー」

「わかりましたから。ほら、あっち言っててください」


「・・・もっとボーナス欲しいか?」

「それは霊幻さんにお任せします」

僕の台詞に霊幻さんは不満顔で「ちぇっ、もっと欲しがれよな」と言うとソファの方へ歩いて行った。



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