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「アドルフ」




「・・・兄さん」

背後から突然声を掛けられ振り向けば、そこにいたのは唯一無二の家族である兄。

その姿に少し肩の力が抜けるのを感じた。


肩にかかっているタオル。きっと訓練後にシャワーでも浴びたのだろう。



「同じ職場なのに、会うのは久しぶりだね。元気にしてたかい?」

穏やかな声、優しげな笑顔・・・

兄を形成する優しげな雰囲気に包まれ、自然と笑みが浮かぶ。


「はい。兄さんは?」

「私はもちろん元気さ。同じ技術系の仲間は良い子達ばかりでね」



兄は戦闘員ではない。

にもかかわらず今日のように訓練をするのは、ただ守られるだけではいけないという真面目な兄が自分で決めたことだ。


俺はそんな兄を尊敬しているし、俺以外にも兄を尊敬する人間は多い。

兄は人に好かれる人間だ。常に人に優しく、人のために行動する・・・まるで、聖人のような人。



「けれどアドルフと会うのは本当に久しぶりだ。ちゃんとご飯は食べてる?何か困ったことは無い?」


兄は優しい人だ。

何時もにこにこと笑っていて、何時だって俺を想ってくれる。


けれどそんな兄が、実を言うと俺は少し辛いのだ。




兄の事が、好きだ。



それを自覚したのは大分前のことで、それに気付いてしまった瞬間、俺は深い罪悪感に襲われた。

だってそうだろう。兄は俺を、家族として愛してくれているのだ。俺のように、邪な気持ちではなく。


もし俺の気持ちを打ち明けたらどうなるだろう。優しい兄は、本当は困っているのにそれでも笑顔で俺を諭そうとするだろう。



優しい、それこそ聖人のような兄を困らせたくない。

この気持ちは、兄に向けてはいけない感情だった。罪の象徴だった。




「困ったことは、特にないです」

「そうかい。お前が元気そうでよかったよ」


あぁ、俺の好きな笑み。




そこで、おや?と兄の腕を見る。

何時もは何も無いまっさらな腕に、見慣れないブレスレットが着けられていた。


飾りをあまり身に着けない兄が珍しい。

これは?と尋ねる前に、俺の視線に気づいた兄が「あぁ」と笑った。







「貰ったんだ、彼女から」






「・・・は?」

彼女?



「あぁ、すまない。言う機会が無かったから、アドルフは知らなかったね。実はね、今――」





その瞬間、俺の世界にぴしりと罅が入ったように感じた。


兄の言っている言葉の意味がわからない。兄は何を言っているんだろう。

何故そんなに幸せそうにブレスレットを撫でるのか。兄が撫でるのは、兄がそんな顔で撫でるのは、俺の頭じゃなかったんですか?ねぇ、兄さん。


兄さん、貴方は何をしているんですか。俺、貴方のことが好きなんです。その好きと同じような感情を、見知らぬ人間に向けてるんですか?まさかそんなことありませんよね?俺の気のせいですよね?そんな、そんなそんなそんな・・・





「いずれ、結婚も考えてる」

「・・・そう、ですか」


兄さん、待ってください。

そんなの駄目ですよ。駄目に決まってる。俺がいるじゃないか。俺が、俺がいるじゃないですか、兄さん、何で、何でそんなこと言うんですか、兄さんは優しいじゃないですか。今まで、俺が傷つくようなことなんか言わなかったじゃないですか。どうしてそんな酷いことを言うんですか、もう、もう俺が嫌いになった?いらなくなった?必要ない?不要?邪魔?・・・あぁ、邪魔なのか。


兄さんは優しい。だから俺を邪魔者なんかにはしない。

じゃぁ何が俺を邪魔者にしているんだ。あぁ、ブレスレットの相手か。じゃぁその相手は?その相手とは?






「兄さん、彼女って誰なんですか」

「え?あぁ、同じ技術チームの女の子でね。彼女、とっても家庭的で優しい子だよ。きっとアドルフも気に入るよ」


「そうですね。兄さんの好きになった人だ。きっと、素敵な人でしょうね。で、名前は?」

「ふふっ、そんなに気になるのかい、アドルフ。まぁ、義理の姉になるかもしれない人だからね。彼女は・・・」


兄さんの唇が女の名を模った直後、俺はつい笑みを浮かべた。普段は浮かべない笑みが、すんなりと出てきた。

兄はそんな俺を見て、微笑む。



兄さん、俺・・・






やっぱり貴方が好きなんです。






きっと貴方が愛した女性なら、それはそれは素敵な人なんでしょう。けれど俺は、その女性が憎い。憎くて憎くて仕方ない。

俺には出来ないことが、他人で女性なソイツなら簡単に出来てしまうんだ。


何故だ。俺の方がずっと、ずっとずっと兄さんのことを愛していたのに。今だって、こんなにも愛で苦しんでいるのに。

兄さんが何より大事にする相手は俺だったはずだ。それが、これからは変わるのか?あの優しい笑みを向けられるのが、その女に?



そんなの、あんまりだろう。あんまりじゃないか。



「兄さん、兄さんは俺の事、大事ですか?」

「ん?もちろんじゃないか。私は何時だってお前のことを想っているよ」


「そうですか。俺も、兄さんを想ってます」


きっと貴方が思うより、ずっとずっと深く、貴方を想っています。




「それじゃぁ、また・・・」

「あぁ」


すっと兄さんの横をすり抜ける。

不思議そうにしつつも笑みを絶やさない兄さん。そんな貴方を愛している。どうしようもないぐらい。だから、だからこそ俺は・・・







「・・・もしもし、ラインハルトです。あの、お願いしたいことが――」


貴方を奪う女が、殺したい程憎い。







馬鹿げた恋愛劇






久しぶりに会った兄さんは、何処かやつれていた。

やつれながらも、無理した笑みを浮かべて・・・



「アドルフ、彼女が死んだよ・・・事故だったそうだ」



その言葉に俺は「あぁ、軍は上手くやってくれたのか」と感心した。

あそこの研究材料となって初めての我が儘だ。快く引き受けてくれたらしい。



「兄さん、大丈夫です。俺が、傍にいますから」

「アドルフ・・・すまない」

兄さんを抱き寄せ、こっそり笑う。

兄さん、俺、貴方を一生愛します。貴方も、いずれ俺を愛するようになってください。



俺を抱き返しながら泣く兄さんの腕からそっとブレスレットを取り去り、するりと床へ落とした。

かしゃんっと小さな音を立てたソレに、俺は結局一度も見ることの無かった女に対する優越感で胸がいっぱいになった。



あとがき

・・・わぁお、な展開になってしまいました。
兄に対する恋慕を隠そうと頑張ってたのに、兄に彼女が出来たと知った瞬間、いろいろと抑えてきたものが抑えきれなくなっちゃったアドルフさんでした。
たぶん、これからアドルフさんの進撃が始まる。←

新年早々、失礼しました!



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