『明日、予定が無いなら一緒に街に出ないか』
兄さんが俺を弟と認めてくれてからしばらく。
突然、兄さんがそんな提案をしてきた。
兄さんなりに、俺との距離を詰めようとしてくれているのだろう。
それが嬉しくて二つ返事で了承したのが昨夜のこと。そして今日、兄さんとの待ち合わせの場所に俺は走る。
まだ待ち合わせの少し前だが、きっちりとした兄はおそらくもう来ているだろう。
「はぁっ、は・・・兄さん」
「・・・そんなに急いで来なくても良いだろう」
「もう兄さんが来てると思って・・・」
やっぱりもう来ていた。
待ち合わせの場所で文庫本を読んでいた兄は鞄に本を仕舞い、そっと俺に手を伸ばしてきた。
意味も分からず動きを止める俺の首に巻かれていたマフラーに兄さんの手が触れる。
「崩れてた」
手が離れると同時に掛けられた言葉にマフラーが少しずれていたことに気付く。
走っていたせいで崩れたのだろう。兄さんはそれを直してくれたのだ。
・・・何気ないことだが、俺の胸に温かなものが込み上げてくる。
兄さんが巻き直してくれたマフラーの下で笑みを浮かべれば、それに気づいた兄さんが少し笑った。
「何処へ行こうかは決めてなかったんだ。何か良いところでも知ってるか、アドルフ」
待ち合わせの場所から当てもなくただ歩きながら兄さんは言った。その言葉に慌てて自分が知りうる店を思い出す。
が、正直俺の知っている店はさほど多くは無い。
どうしようかと悩んでいると、少し派手な外装の店が視界に入った。
「あ、ゲーセンにでも入ろうか兄さん」
「・・・此処にか」
俺の視線の先――ゲームセンターを見て、少し眉を寄せる兄さん。もしかして、ゲームセンターは嫌いだったろうか・・・
不安になりかける俺に、兄さんは「初めて入るな」と呟いた。・・・初めて?
「えっ、兄さん・・・ゲームセンター、入ったことないのか?」
「僕が通う学校は所謂お坊ちゃま学校だからな。そういう場所に立ち寄ると、いろいろと問題になるんだ」
しげしげと中を見ている兄さんに「じゃぁ、入ってみないか」と誘う。
内心断られないかと不安だったが、兄さんはそれに反し「良いんじゃないか。知り合いに会う訳でもないだろうし」と軽く返事をして店内へと入って行く。
本当に初めてなのだろう。視線だけをきょろきょろとさせている兄さんが何だか少し可愛く見える。
「アドルフ、ゲームは得意なのか?」
「まぁ、人並みに」
そう言いながらぬいぐるみの積まれたクレーンゲーム台へと近づく。
コインを一枚入れれば開始されるそのゲームを、兄さんは俺の隣で見つめていた。
ボタンを弄りアームが掴む場所を決める。
ウィンウィンと音を立てながら降りたアームがしっかりとぬいぐるみを掴み持ち上げる。上手くいった。
それをじっと見つめ続けている兄さんの目の前で、ぬいぐるみは取り出し口へと落ちた。
ぽとりと落ちてきたソレを兄さんに渡してみれば、兄さんはぬいぐるみと俺を交互に見つめ、それからほんのりと笑う。
「凄いじゃないか、アドルフ」
その言葉の意味が一瞬理解出来なかった。
え?凄い?誰が?
え?褒められた?兄さんに?俺が?
「何を固まっているんだ」
兄さんの言葉にハッとする。
それと同時に兄さんの言葉の意味を理解し、何だか心が温かくなるような、少し恥ずかしいような、そんな感覚を覚えた。
「兄さん、次。次に行こう。次はエアホッケーしよう」
「いきなりどうしたんだ・・・急がなくても、時間はまだまだあるぞ」
あぁ、兄さんの言うとおりだ。
これからは時間がいくらでもある。兄さんと好きな時好きな場所に行けるんだ。
でも・・・
「今、楽しみたいんだ」
兄さんの腕を掴んで急かす。
すると兄さんは小さく笑いながら「そうか」と頷いた。
褒められちゃった
因みに、エアホッケーは一度目は俺の勝ちで、二度目は兄さんの圧勝だった。
あとがき
『兄の背中』の主とアドルフで、兄弟のほのぼのした話でした。
お兄ちゃんに褒められて、何気にはしゃぐ学生アドルフさんとなってしまいました。
ちなみに、たぶんお兄ちゃんはパズルゲームは得意だけどアクションゲームは苦手。