○○という同級生は生まれも育ちも良い、所謂名家の人間だった。
マルフォイ家やブラック家とも引けを取らず、一定の分野で言えば前記の二家より勝る名家の嫡男である○○は畏れられることはあっても嫌われることはなかった。
しかしそれを鼻にかけず分け隔てなく優しく接する彼は、そうそうスリザリンには見えない。
優しいのだ。彼は、誰が見ても優しい。
彼はまるで優しさが服を着て歩いてるかのような男だった。
僕は思った。
嗚呼――なんて利用しやすそうな人間なのだ、と。
彼に取り入っておいて損は無い。そう思った僕は当然すぐに行動に移した。
まずは彼と顔見知りになるために偶然を装い隣の席に座ったり、わざと目の前で荷物を落として拾わせたり・・・
小さな小さな繰り返しで、彼は僕をつい目で追うようになった。
そしてある日彼が言う・・・
『・・・君が、好きだ』
笑ってしまう程簡単に、彼は僕に惹かれたのだ。
本当に笑ってしまう話だ。世間知らずの金持ちで、馬鹿みたいにお人好しで、周囲から良いヤツだと言われて・・・
きっと将来、彼は彼の身分に見合う名家の美しい女と結婚するはずだっただろう。けれどその未来は僕が潰した。これからは僕にどんどん心酔させ、僕の目的のための全てを差し出させて・・・
最低?騙される方が悪い。
「リドル君、荷物持つよ」
「有難う○○」
此方に向けられる笑顔は爽やかで、僕はその笑みににこりと笑って返した。
○○はまぁ良い男だ。紳士的で、気も利く。人気者で人脈もあり、使い所はいくらでもある。
「○○が恋人で、本当に良かった」
「え?そ、そう?有難う」
照れくさそうに笑って頬を掻く○○につい笑みを深めた。
利用できる相手だから、多少のサービスぐらいはしてやろう。そう思って空いている手を握れば、○○はほんのり頬を赤くしながらはにかんだ。
「僕、リドル君を一生愛するよ」
純粋な目で純粋な言葉を口にする○○に、僕は嗤うのを堪えながら笑った。
その日の夜のことだ。
読書もそこそこにベッドに入り眠りについた僕は、腹部にじんわりとした圧迫感を感じて意識が浮上した。
腹部のあたりが重い。
「・・・っ?」
ひやりとした何かが、突然僕の首に触れた。それはまるで僕の首を抑え込むように・・・いや、締め上げる様に圧迫して・・・
苦しい。息が出来ない。
浮かんだ意識が再び沈んでしまいそうな程、苦しかった。
何が僕を苦しめているのだろう。それを確認し、対処するまでは絶対に意識を失うわけにはいかない。
苦しみに耐えながら僕は目を開ける。
いた。
一瞬誰だか分らなかったが、仮にも僕の恋人であるはずの○○が、僕の腹に馬乗りになって僕の首を絞めていた。
誰だか分らなかったのも無理はない。○○の顔には、○○が常に浮かべている“笑み”がなかった。まるで能面のような無表情を浮かべた○○は、昼間の面影など微塵も感じさせない。
「○○っ・・・?」
「・・・リドル君」
ぽつりと零された声は僕の名前を表していた。
「リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君リドル君――」
壊れた玩具のように僕の名前を繰り返し口にする○○の指がきつくきつく締まる。
苦しい。けれど杖までは手が届かない。圧迫感のせいで大きな声も出せない。
「好きだよ、好きだよリドル君・・・君は僕のものだ。僕だけの君だ。僕だけが君に触れても良いんだ。なのに周囲の害虫はそれをわかってない。君に近づいて君に話しかけて君に触れて・・・あぁ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、汚らわしい汚らわしい・・・どうして皆わからないんだ。リドル君は僕だけのものなのに。あぁ、明確な行動を取っていないからか。じゃぁリドル君が僕だけのものだってわからせなくちゃ、あぁでもどうしたら良いんだ、どうすればリドル君が僕だけのものなんだって皆にわかるんだ。あぁ、あぁ、あぁあ・・・」
狂ってる。
ぼそぼそした声なのに近くて言葉の全てが聞き取れてしまう。
目の前のコレは誰だ。本当に○○なのだろうか。
「リドル君リドル君、ねぇリドル君・・・君を失うのが怖い。君を失ってしまうかもしれない未来が怖い。あぁ、僕はどうすれば良いんだ。あぁいっそのこと今此処で君を殺して永遠に僕の傍に居て貰えるようにしようか。あぁ、それとも君の杖を奪って君を部屋に閉じ込めて・・・あぁ、けど駄目だ。君に嫌われてしまう。君に嫌われてしまうのは嫌だ、けど君を閉じ込めて愛したい。愛したいんだよ、リドル君。僕はどうしようもないぐらい君のことを好きで愛してしまったんだ。リドル君、あぁリドル君・・・」
虚ろな目。暗く濁った眼。
昼間の彼とは大違いだ。まさかこれが彼の本性とでも言うのだろうか。
「夜になると不安になるんだ・・・君が消えてしまう夢ばかりを見るんだ。どうして消えてしまうんだ、どうして僕を一人にしようとするんだ、そんなの僕が許さない。君はずっと僕と一緒にいうrんだ。一緒にてくれなくちゃ嫌だ」
また指の力が増した。
食い込んだ指についくぐもった声を上げる。
このままでは危険なのはすぐに理解した。
「○○っ」
名前を呼びながら○○の両手首をぎりぎりと掴む。
容赦のない力で握っているはずなのに、○○は涼しい顔をして僕を見ていた。
「ねぇ、リドル君・・・」
――僕の事、好き?
言うべき返事は一つだけしかない。
苦しいが僕の笑みを張り付け。○○を見つめ返した。
「うん。好き、だよ」
言った。言ってやった。
するとどうだろう。○○の顔がみるみる明るくなり、その顔には普段浮かべる様な爽やかかな笑みが浮かぶ。
その表情のまま、○○は僕に顔を寄せた。
「・・・愛してるよ、リドル君」
首に添えられたままの手、優しい口付け・・・
口付けはあまりに甘く、けれども首に添えられた手は危険を孕み・・・
アンバランスなそれらに一抹の不安を覚えながらも、僕はゆっくりと緩む指の力にほぅっと息を吐いた。
じんわり狂う
狂気は何処で育まれるか分からない。
あとがき
独占欲強めのヤンデレ主でした。
リクエストが【爺世代でリドル相手のヤンデレ主の仄暗いお話】だったのに、何だか男主のヤンデレ具合ばかりが強調されてしまった気がする残念な結果に終わってしまい申し訳ありません。
鼻炎の脅威に負けないよう、異音は頑張ります。