仕事が上手くいかなくて・・・
家族にも愛想つかされたのか、妻は子供を連れて家を出て行って・・・
日に日に増えていく借金。
日ごとにやつれていく自分。
悪循環しか生まない俺の今の状況。
「・・・ハハッ・・・もう、仕舞いだろ」
俺は、指からゆっくりと外した結婚指輪をポイッと捨てる。
俺を見捨てて出て行った家族への愛情なんて、遠の昔に消え去っていたから・・・
こんなガラクタのような指輪に、もう未練なんて無い。
生きることにたいしての未練さえも無かった。
俺は・・・
「・・・・・・」
自分が住んでいるマンションの屋上から・・・――飛び降りた。
地面がどんどん近付いてくる。
落下速度からして、きっと命は助からない。
けど、良いんだ・・・
そう思いながら目を閉じた瞬間、
ドサッ
「・・・?」
コンクリートに叩きつけられるのとは違う感覚が、俺の身体に鈍痛を与える。
植え込みにでも落ちてしまっただろうか?いやいや、それにしても衝撃が少なすぎる。そもそも目下はコンクリートだったはずだ。
あんまりの不自然さに目を開ければ・・・
「ぇ・・・」
目の前に広がる大自然と・・・
「・・・何者だ」
そんな俺を見下ろしている、とても綺麗な男。
俺よりも若いな・・・と、変に冷静に考えてしまう。
まるで月の光を映したように輝いている白銀の髪。整った顔。
「・・・ぇ、っと」
とりあえず、地面に倒れたままだった己の身体を起こす。
「えぇい!!!!殺生丸様に失礼だぞ!!!!!さっさと答えい!!!!!」
ぇ?・・・何この緑の物体。
目の前の男があまりに綺麗だったから、気付かなかった。
「・・・殺生丸・・・って言うのか?」
「おい!!!!!わしを無視するな!!!!!!」
「俺は○○って言うんだ。悪いが、此処が何処だか教えてはもらえないだろうか」
様って付けられるぐらいだし、凄いヤツなんだろうと瞬間的に理解した俺は、出来るだけ柔らかく尋ねる。
・・・そういえば、最近はかりかりしてたせいで、知り合いにも冷たく接していたっけ・・・。
「・・・・・・」
当の殺生丸様?は、俺をじっと見ているだけで返事が無い。
「・・・ぉーい?」
「・・・○○と言ったな」
「ん?あぁ」
「その奇怪な装束は、あの娘と同じ場所から来たのか」
「あの娘・・・っていうのは知らないが・・・・・・この服装が奇怪だって?」
それはお前の方だろう、とは言わなかった。
・・・現代の日本に、これだけ広大で美しい自然なんてあるのか?
いやいや、それよりも・・・
俺は自殺を図って、飛び降りた。なのに、気付けば見知らぬ土地。
「悪い、今何年だ?」
そう尋ね、返って来た返事に・・・
俺はつい「んだとぉッ?」と声を上げた。
そして、その殺生丸様とやらの目の前で頭を抱え「おいおい、タイムスリップとかマジねぇよ!」と、若干乱れた言葉を使う。
緑の物体がそのたびに俺を杖みたいなヤツで殴ろうとするが、逆に殴ってやった。少し気持ちが晴れた。
「・・・まぁ、落ち着いて考えるか。落ち着いて、落ち着いて・・・られるかよ!!!!」
「煩いぞ貴様!」
「手前もうるせぇよ、緑の物体!」
「なんじゃとぉ!?人間ごときがぁ!!!!」
ぎゃーぎゃー喚きあっていると、殺生丸様とやらはくるっとこっちに背を向けて一人歩き出してしまう。
ぉーい、こっちの状況はスルーですか、そうですか。
まぁあんな感じだし、おそらく俺を助けてはくれないだろう。もとより期待はしていなかったが、此処まではっきりスルーされてしまうと多少のもの悲しさを感じるようなそうでもないような・・・
「・・・ふぅっ」
まぁ、適当にあるいていればいずれ村人とかに会うだろう。なにもこの奇抜で綺麗な男に頼る必要はないのだ。
俺は頭をがしがしと掻きながらその場を離れようと足を一歩動かす。
「おい」
「・・・あ?」
突然さっきの男の声がした。見れば、殺生丸がこちらを見ている。
「何をしている。さっさと来い」
「・・・えーっと?」
それはまさか、一緒に来いと言っているのだろうか。
言葉数は少ないが、そういうことなのだろう。
どういう心境で俺を連れて行こうと思ったのかはわからないが、その言葉を突っぱねる程の余裕は俺にはない。
俺は「お、おう」と返事をしながら殺生丸の背を追った。
一気に詰められた距離。緑の物体が何やら俺に悪態をついているが、俺もその度に緑の物体を蹴ったからお相子だ。
「なぁ、俺が怪しくないのか?その場に放置したって、俺は恨まないぜ?」
「言葉に気を付けよ!この人間め!」
「緑の物体には聞いてねぇよ。なぁ、殺生丸」
緑の物体が「殺生丸様だ!」とか「口を慎め!」などと煩いから思いっきり殴って黙らせた。優しくしてやる理由はない。
「なぁ、教えてくれよ」
「・・・興味を持った」
小さく短く返ってきた言葉に、俺は目を瞬かせた。
興味?家族にも愛想を尽かれ、仕事も駄目で借金ばかり作って自分の命を投げ出すような駄目で駄目でどうしようもない俺を?
そんなの、物好きも良いところだ。
「・・・まぁ、一度は捨てた命だ。アンタの好きに使えよ、殺生丸」
ぽんっと背中を叩けば、殺生丸がちらりとこちらを見てまた前を見て歩き出した。
無愛想なヤツではあるが、きっと慣れれば良いだろう。
くたびれリーマンの冒険
若干やつれているがそれでも人好きの爽やかな笑みを浮かべた男が「これからよろしくな」と言えば、殺生丸はほんの少しだけ男に視線をやった。
あとがき
・・・まぁ、気に入らなければ連れてかないよねって話。←
今はやつれてるけど、近いうち全快。
何故主人公がサラリーマンになったのか・・・それが今年初の謎だと思われます。←