メタ的なことを言わせてもらえば俺は大人気のはずだ。
訓練で時に命を落とす奴もいる。
俺もアイツも成績は良い方だが、訓練中に危険な目にあったことがないわけではない。
崖を命綱一本で登った時、ロープを切られる闇討ち。
真っ白な雪山での班行動によって凍死しかける訓練兵も多くいた。
地下では見ることのなかった真っ白な雪に、俺は内心物凄く驚いていた。
白い。冷たい。
雪を知らないわけではなかったが、その白く冷たい雪の存在は、珍しかった。
雪山での訓練は無事に生き残ることが出来たが、俺は一つの失態を犯した。
「・・・ゴホッ」
「リヴァイ大丈夫か?今日の訓練は休んだ方が良い。俺が教官に言っておいてやるからさ」
ガンガンとまるで鈍器で殴られているような頭痛と、ぐにゃりと歪む視界。
そんな俺を支えようとしては俺に「触るな」と言われているのは、何処か心配そうな顔をしている○○。
へらへらしているだけかと思えば、そんな顔もするんだな、と歪む思考で考える。
コイツが何を言おうと今回の訓練も休むつもりはねぇ。
普段よりも力をセーブすりゃぁいいんだ。何も問題ない。
「――これより、雪山での訓練を行う」
ガンガンとする頭で何とか教官の説明に耳を向ける。
「前回行った三人一組の訓練とは違い、今回は単独で移動してもらう」
もちろんそれを考慮して、前回よりも単純なコースらしいが、死者が出る可能性も少なくはないだろう。
こちらを仕切りに気にしているアイツが教官に「よそ見をするな!」と殴られるのを見届け、俺はスタートの合図を待った。
――・・・
「・・・ハァッ、はぁ・・・」
思ったよりもキツイ。
雪に足を取られ、なかなか前へは進めない。
雪山の中にある山小屋を目指すように言われたが、その山小屋もきっとまだまだ先だろう。
各自、目指す山小屋が違うため、全員が離散した。
俺の周囲には誰もいないし、俺がだらしなくふらふら進んでいる姿も誰も見ちゃいないだろう。
「クッ、はぁ・・・」
背筋がぞくぞくとする。だが、それとは真逆に全身が熱い。
中は熱いのに、その熱が吹雪で一気に冷やされ、俺の既に限界を感じざるを得なくなっていた。
グラッ
傾いた身体に「ぁ・・・」と小さく声が漏れる。
どさっと無様に倒れた身体は、ぴくりとも動いてはくれない。
ヤバイな・・・
真っ白な雪が俺の体温を奪っていくのがわかる。
手足の感覚もほとんどない。
・・・死ぬのか?と何となく思った。
此処で死ぬなんて、呆気ないもんだ。
俺をわざわざ地下から連れ出したエルヴィンも、心底驚くことだろう。
まさか戦う前に死ぬなんて、と。
まぁ・・・
死なんてそんなもんだろう。
死んだ場所が地下じゃなくて地上だったっというだけで、俺にとってはそう大きな問題じゃねぇ。
眠いな。
このまま、眠ってしまおうか――
ザッ
「・・・見つけた」
閉じかけた眼を開くと、自分の傍に人の足が見えた。
軽く見上げて驚いた。
「・・・な、んで・・・此処にいるんだ・・・」
ソイツはへにゃっという気の抜けた笑みを浮かべながら、こっちに手を伸ばした。
「リヴァイを探しに来た」
「・・・馬鹿、だろ」
確かコイツが目指す山小屋は、俺が目指していた山小屋とは真逆の位置にあったはずだ。
ただ山小屋を目指すだけでも体力が奪われると言うのに、俺の所になんて来て・・・
「あぁ。俺、馬鹿だからさ・・・リヴァイ、お前を・・・お前を捨て置いてまで、俺はこの訓練に励みたくないんだ」
コイツは俺の身体を抱き上げ、ゆっくりと歩き始めた。
まるで俺が吹雪で震えないようにするように、自分の身体を盾にして。
「な、んで・・・」
「・・・恋人だからさ!非公認だけど」
「・・・まだ・・・言ってんのか」
今はコイツを殴ろうなんて気は起らず、逆に・・・つい笑ってしまった。
「やっぱり、変人だな・・・お前は」
「・・・おぅ。俺、変人なんだ」
コイツもへらっと笑い、どんどん進んでいく。
酷い吹雪だ。視界も悪い。
コイツだって、相当体力が奪われているはずなのに、俺を運ぶ足取りはまったく遅くなることはない。
今回のは確実に俺の責任だ。
自分を過信しすぎたせいだ。
コイツは最初から、俺が途中で倒れてしまうことを想定したのだろう。
だから俺にこうやって駆けつけて・・・
よくよく考えれば、俺はコイツに助けられてばっかりだな。
勉強を教えてもらい、時として俺の人避けになって、今もこうやって助けられて・・・
「・・・悪いな、○○」
俺がそう言った瞬間、何故か○○がビクッと震えた。
どうしたんだと思って○○の顔を見れば、ソイツの顔が真っ赤に染まっていた。
「・・・どう、した?」
「っ!ぁ、いや・・・あははっ!何でもない!さっさと帰ろうぜ、マイハニー!」
「・・・死ね」
「痛い!?」
あまり力の入らない腕を軽く上げて○○の頬を思いっきり抓ると○○は軽く涙目になった。
「・・・へへっ」
「・・・気持ち、わりぃ・・・笑い方す、んな。何で笑ってん、だ・・・?」
「だ、だってさ・・・」
○○が俺を抱える力を少し強くする。
俺の視界に映る○○は・・・笑っていた。
「リヴァイが初めて俺の名前呼んでくれたから・・・嬉しかったんだ」
「・・・・・・」
「ぃったぁ!?」
気付けば俺はまた○○の頬を抓っていた。
「・・・さっさとしろ・・・さみぃ」
「わ、わりぃ・・・」
俺はぐいっと○○の服に顔を押し付けて顔を隠した。
何故って?
そりゃ・・・
俺の頬までありえねぇぐらい熱くなってきたからだ。
・・・きっと熱のせいだ。きっと、そうだ。
――・・・
850
「○○副長!!!!仕事してください!!!!!」
バーンッ!!!!と開かれた扉から、兵士が一人怒鳴り込んできた。
薄暗い部屋の中でガチャガチャッと何かを弄っていたそのひょろっとした男は欠伸をしながら振り返る。
「ぇー?してるって、俺。めっちゃ仕事してる。今だってほら、物凄く研究しちゃってる」
「立体機動装置にプロペラなんて付けてどうするんですか!」
男・・・○○の手元には、何故かプロペラのついた立体機動装置が一つ。
「いやいや、何時かは空を自由に飛べるかも〜、なんて・・・ね?」
「ね?じゃないです!ちゃんと仕事してください!!!!!!」
「ぇー・・・あ!リヴァイ〜!!!!!」
開けっ放しだった部屋の前を通ったリヴァイの姿を視界に捉えた瞬間、○○は笑顔で手を振りながら声を上げた。
「・・・チッ」
だがリヴァイはそのまま部屋の前をスルーしていこうとする。
それを慌てて○○は「待てってば!」と引き留めつつ部下をするっとすり抜けて部屋を出ようとする。
「助けてくれよ、リヴァイ〜!部下が虐める〜!」
「兵長!副長を捕まえてください!!!!」
「・・・わかった」
「えぇ!?リヴァイが裏切っ――ぐぼほッ!!!!!!」
腹を蹴り倒された○○は無様に床に転がる。
うぅっと呻く○○の頭にぐっと足を置いたリヴァイはふぅっとため息を吐く。
「毎度、懲りねぇな――“○○副兵士長殿”?」
「いやいや、そちらこそ――リヴァイ兵士長殿」
訓練兵時代に終止符が打たれ、二人は兵士となった。
兵士になった二人は確実にその戦果を治めた。
一人は人類最強として。
一人は・・・奇人として。
討伐数はリヴァイと同等近くでありながら、その行動は常に他の兵士たちから突飛していた。
立体機動装置や、その他の機器の改良、発明は彼の手にある。
兵士でありながら開発者でもある彼は、ハンジとも仲が良い。
さながら、調査兵団内ではハンジ共々“変人ツートップ”と呼ばれるほどだ。
だが彼のおかげで、これまでよりもずっと兵士たちが戦いやすくなったのは事実。
そのために一応尊敬されてはいるが、変人として好奇の目で見られることの方が多い。
「だがリヴァイ!酷いじゃないか!」
頭を踏みつけられた状態のまま、○○はグググッとリヴァイを見上げた。
「何がだ」
「逃げた恋人を助けるどころか蹴り倒して踏みつけるなんて!普通は恋人の味方をする!」
「そんなことより仕事しろ」
あ、否定しないんだ。と誰かが思った。
訓練兵時代、雪山での一見以来、二人が行動を共にしていない時はほとんどない。
リヴァイの隣に○○あり、と言われるほどだ。
そんな二人が付き合っていると言われようとも、驚く兵士はほとんどいない。
「適当なことばかりしてやがったら、そのうち部下にも愛想つかされるぞ」
「はっはっはっ!そんな心配はない!」
○○はそう言うと、キリッとした顔をした。
リヴァイはまたか・・・とため息を吐いた。
これは、○○は馬鹿な発言をする時の合図だと言っても過言ではない。
「メタ的なことを言わせてもらえば俺は大人気のはずだ」
変人主人公とか、おいしくね?と笑った○○の頭を、リヴァイは無言で蹴り上げた。
ぱたんっ・・・と気絶した○○に「○○副長〜!?!!!???」と叫ぶ兵士の声が響いた。
(彼はやっぱり変人でした)
END
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