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つまさきだち




○○は普段キャンバスの目の前で椅子に腰かけている。


だからあまり深くは認識していなかったが、○○は長身だった。

俺だって長身の自覚はあるが、○○の方が頭一つ分大きい。




「今日は立って絵を描いているんだな」




空を飛びまわっている鳥を描いているからだろう。

○○は今日は空を見上げながら描いていた。



一言も喋らず、キャンバスと被写体以外には目もくれず、○○は描く。







アイツが入る少し前に入ったクルー達がアイツの悪口を言っていた。



新入りの癖に仕事も何もしない。

けれど船長のお気に入りだから手が出せない。

船長のお気に入りじゃなかったらあのキャンバスを叩き割ってやるのに。




誰も聞いてないと思ったら大間違いだ。


船長である俺の他にも偶然それを聞いていたのはペンギンで、ペンギンはそのクルー達を叱っていた。



だが俺を見ると随分困った顔で「はっきりとは言えませんが、俺もアイツにはどうにかしてほしいです」と言った。


困った顔で、けれど目には「何故あんな男を乗せたのか」という俺への疑問の色が浮かんでいた。





知ってるさ。アイツをこの船で歓迎しているのは俺ぐらいなのだと。


それでもアイツは気にしてない。気にする要素がない。



だってアイツは周りを見ない。感じない。

何を言われても構わないのだろう。


アイツにはキャンバスさえあれば、そのキャンバスの中に美しい世界を創りだせるのだから。






「お前の描く絵は美しいな」





賛辞の言葉もコイツにとっては無音も同然。

返事何て期待はしていなかったし、無視されても構わない。



1メートル半の距離を開け、俺は今日も○○の後ろに立つ。


アイツの目線は頭上とキャンバスを行き来するばかり。




俺には○○の背中とその背中越しのキャンバスしかみえないが、きっと今日も絶望しきった顔をしているのだろう。





何故あんなにも世界に絶望出来るのか、逆に聞きたいぐらいだ。


でも聞いたって教えちゃくれないんだ。無駄なことはしないさ。







・・・いや、俺がこうやってコイツを想っている時点でもはや他人に言わせれば“無駄”なのかもしれない。



それでも良かった。俺はコイツが好きだった。

どうしようもなく好きになってしまったんだ。仕方ないんだ。


きっとこれは不毛な恋というヤツなのだろう。






「○○の世界は、まだ俺には見えないな・・・」


人間はそう簡単に他人と同じ世界を見ることはできない。



何故なら人には心があるからだ。

心一つで世界はどんな情景にも変わる。


同じ景色を見ても印象がまったく違うのはそのせいだ。



頭一つ分高い○○。その頭を見上げる。



ふいに振り返ったりしないだろうかと、今日も期待するんだ。

何時か、もしかすると、○○が俺の声に反応して振り返ってくれるかもしれない。



まるで女のようにそう期待してしまう俺は、愚かだろうか。






「・・・・・・」


不意に・・・つぃっと背伸びをしてみる。

爪先立ちすれば、ぎりぎり○○と同じ目線だ。




「・・・目線は同じになっても、お前の見ている世界と俺が見ている世界は全然違うんだろうな」


俺には輝くお前とキャンバスが見える。

きっとお前には、汚い世界とキャンバスが見える。





「俺から見ても世界はそんなに綺麗じゃないさ」


けどな・・・





「俺からみたお前は、何よりも綺麗だと思ったんだ」

あの絶望しきった暗い暗い顔でさえ、俺は美しいと思ったんだ。



だから欲したんだ。

だから連れて来たんだ。


だからだからだから・・・









「○○・・・好きだ」







「・・・・・・」



ほら。

今日も振り向かない。



つまさきだち







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