そっちへいきたい
○○は基本、他人を無視する。
まるでその場にいないように扱う。
他のクルーは最初こそアイツに構おうとしたが、今ではもうほとんど誰もアイツに構わない。
構っても無駄だと理解したからだ。
けれど理解してもしきれないヤツがいる。
・・・それが俺だというのだから、困った話だ。
「なぁ、○○」
今日も同じように声をかける俺。
今日も同じように振り向かない○○。
もしかしたら俺の声は届いていないのかもしれない。
耳にじゃない。心にだ。
アイツの心に俺はいなくて、そこらへんにある景色と同じなのかもしれない。
そう思うと辛く胸を締め付けられる感覚がする。
死の外科医なんて呼ばれている癖に、一人の男に無視されただけでこんなにも胸が苦しくなるなんて・・・
甲板の上で今日もキャンバスに絵筆を滑らせている○○。
「俺の声は聞こえているか?」
「・・・・・・」
絵筆が動くスピードは変わらない。
今日もコイツは振り向かない。俺の声は届かない。
「なぁ、傍に行っても良いか」
此処は俺の船だ。聞かなくても良いのに・・・
俺にはまだ・・・アイツの隣に立つことは出来ないと思った。
だからそっと、ほんの少しだけ近づくだけ。
間にはまだまだ距離がある。
あと一歩だけ。あと一歩。
俺はそっとアイツの後ろに立った。
後ろと言っても、1メートル半の距離。
「今日は“家族”か・・・」
描かれているのは幸せそうな家族。
温かい家庭。幸せそうな夫婦。賑やかな子供。
それが全部、○○の中ではマヤカシなのだろう。
「○○は皮肉屋だな」
まぁ俺が言えたことじゃないがな。
○○のキャンバスの世界は何時でも美しい。
逆に、○○の思うこの世界は何時でも醜い。
考えとは逆の世界を描くなんて、○○は根っからの嘘つきだ。
「なぁ・・・」
けど何時か、俺はそんなコイツの背中にぴったりと寄り添ってみたい。
「俺は、何時になったらそっちに行っても良いんだ?」
どうせ答えないなら、俺は一人勝手に喋るだけだ。
そっちへいきたい
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