「アドルフ〜!!!」
「おぐッ・・・!」
突然背後から抱きついて来た人物にアドルフは前につんのめり掛けた。
それを何とか足の筋力で押さえつつ、冷ややかな視線を後方へと向ける。
「離れろ、ミョウジ」
「ナマエって呼んでよ。アドルフ」
「馴れ馴れしい」
離れろと言うのに逆にぎゅーっとアドルフに抱きつくナマエは、アドルフと同じくM.O.手術を人間であり、組織内ではその名を知らぬ者がいない程の実力者である。
しかしオフィサーではなく、一般乗船員。自分は人をまとめるより人をサポートする方が得意だという本人の申し出あってのことだ。
こんな「いやんっ、アドルフちゃんったら冷たい!」などという冗談を言っているヤツが実はアドルフより実力が上なんて信じられないことだ。
初めて出会った時からアドルフに馴れ馴れしく、何かある事に・・・
「でも、そんなところも好きだよー」
こんな馬鹿げた言葉を口にする。
毎度のこと過ぎて、周囲はそれを陽気なナマエが発する“冗談”と認識しているが、アドルフはそうは思わない。
ナマエのふざけた口調に反し、その眼は・・・
酷く真剣。
だからアドルフは真っ向からナマエの目を見たがらない。
見てしまったら最後だと、何となく理解しているのだ。
馬鹿げた言動に付き合ってられる程、自分は暇じゃない。
アドルフはふいっとナマエから顔を逸らし、その場から立ち去ろうとする。云わば“逃げ”だ。
「待ってよ、アドルフ」
「・・・・・・」
今日は随分しつこいな、とアドルフは思う。普段であれば「つれないなぁ」と言うだけで、素直にアドルフを逃がすのだが・・・
「俺、アドルフのことが大好きだよ」
「・・・・・・」
「少なくとも、君の奥さんよりは君の事を愛してるつもりだよ」
「・・・っ!」
突然の台詞にアドルフはナマエを睨みつける。この男は薄々気づいているのだろう。アドルフと妻の間にあるとある事情を。
それが夫婦の間を裂くような、大きな事情であることを。
「おっと、怖い顔しないで。別に君を侮辱した訳じゃない・・・君が好きだから言ったんだ。ごめんね」
ナマエの言葉を無視してスタスタと歩き出すアドルフ。一刻も早く此処を離れねばと思った。
早足のアドルフを追い、ナマエも「ねぇってば」と早足になる。
不意に、ナマエがアドルフの腕を掴んだ。
「・・・本当に好きなんだ」
その声は何処か切なげで、アドルフはつい足を止める。
そして振り向き・・・少し後悔した。
目の前にいるのは、何時ものふざけた男ではない。真剣に自分へと愛を囁く、酷く危険な男だった。
「アドルフ」
「・・・・・・」
肩にそっと置かれた手。
ナマエは真剣な顔でアドルフを見つめた。
「嫌なら殴って。それこそ、しばらく君に会いに行けなくなるぐらい、めっためたにしてよ・・・じゃないと俺、また君に嫌な事しちゃうから」
そう言って顔を近づけてくるナマエに、アドルフは・・・
つい目を閉じた。
直後重なる唇。優しく抱きしめられる身体。
まるで割れ物を扱うような優しい抱擁に、笑ってしまいそうになる。
自分はそんなにか弱くないぞ。そんな言葉の一つで吐こうにも、唇は塞がっている。
薄らと目を開いてみた。
目の前にあるのは、やけに整った顔。成程、女性達に騒がれているのも頷ける。
男に接吻されているという状況にも関わらず、アドルフは冷静で、そして・・・
「・・・やっぱり好きだなぁ、アドルフのこと」
酷く満たされていた。
愛を一身に受けるのは、これほどまでに満たされるものだったのか。
知っている感覚だと思っていた。知っていると信じ込んでいた。
自分は彼女を愛してて、彼女は自分を愛している。一身に愛を受けている、そう信じていた。
けれどどうだ?こんな感覚、初めてだ。
「愛してるよ」
なんて・・・なんて甘美なのだろう。
混ざり気一つない純粋な愛を感じる。深い深い愛だ。
この愛に溺れてしまう。溺れてしまえば、もう逃げ出せはしないだろう。
溺れてしまおうか・・・とアドルフは思った。
「ずっと、君だけを愛してるんだ・・・」
溺れた。
アドルフは震える手をそろそろとナマエの背へと回した。
ぴくっとナマエの身体が震える。
「・・・何だ?突き飛ばされるとでも思ったか?」
「十割がた、そう思ってた」
へにゃっとナマエが笑う。何時も馬鹿なことしかしないのに、こういう時は変に臆病なのだろう。
普段は見せないその顔に、アドルフはそっと口付けた。
「アドルフ・・・こんなことして、返事を期待しちゃいそうなんだけど・・・」
「安心しろ。期待したとおりだ」
「・・・やっぱり愛してる」
ぎゅぅぎゅぅと苦しいぐらいに抱き締められたアドルフは、まぁこれも悪くないなと目を閉じた。
愛とやらに溺れてみる(だって、愛するより愛されたい)