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グチャッ、ブチュッ・・・

クチャッ、ブチッ




不気味な音が響き渡る薄暗い路地の中、

一人の男がしゃがみ込んで、何かをむさぼっていた。



男の身体の影になってよくは見えないが、傍に靴が一足落ちていることから、最悪な結論が出される。


男が喰らっているのは・・・人間。






「・・・もう十分だろう。帰るぞ」


それを傍で見ていたもうひとりの男、トラファルガー・ローはため息混じりにそう言った。


ぴたっと手を止めた男が、ローにちらりと視線を向ける。

男の手元には銀色のナイフとフォーク。もちろん、血がべっとりと付着していた。





「・・・まだ、残ってる」

「腹はもう満たされたはずだろ。早くしろ、ナマエ」


「・・・・・・」


ナマエと呼ばれた男は少し不満気な表情をしたが、手に持っていたナイフとフォークを腰についているホルスターに差し込んだ。





男、ナマエは食人主義である。

カニバリズム、そう、それを好む人種だ。



本人にも、何時から自分が人肉を好きだったのかなんてわかっちゃいない。

ただ只管に、目の前の肉を食べてしまうのだ。






そんな彼はロー率いるハートの海賊団のクルーでもあった。


もちろんクルーたちの前では“食事”はしない。

いくら人の死を見る機会が多い海賊だとしても、人を食べる現場など見たくもないだろう。






「ログはもう溜まってる・・・そろそろ出航だ」

「・・・そうすれば、しばらくは・・・食事、出来ない」


ゆっくりとした口調。




だがその声色は何処か残念そうで・・・

ローは少しだけむっとした顔をする。






「俺との航海より、その死体の方が良いのか」

「・・・きゃぷ、てん・・・そういう意味じゃない。ただ・・・お腹が、すくだけ・・・」


何処かしょんぼりしたように言ったナマエは、まだ肉片を少し残しているそれをちらりと見ながらもゆっくり立ち上がった。



くるりと死体に背を向けて、ローへと近づく。





「行こう、キャプテン」

「最初から素直にそうしとけば良いんだ」


ローは呆れたような声を上げながらナマエと共にその薄暗い路地を出る。


残された死体は、実はもう死体とはわからないぐらいの肉片しか残っておらず、きっと野良犬が食べられたら跡形もなく消えてしまうようなレベルだった。













「キャプテン・・・次の島まで、どれぐらい?」

「まだ島も出ちゃいねぇのに、気が早いヤツだ」


ふっと笑ったローは「まぁ、精々1週間と言ったところだな」と言った。



「一週間・・・」

絶望的な顔をするナマエをローは笑う。




「何だ、不満か?」

「・・・お腹、すく」


「・・・ふっ、じゃぁ・・・俺を喰らうか?」

「・・・・・・」



ナマエはぴたっと動きを止め、ローを見る。





ローは気付いていた。

ナマエが自分を見る目は、捕食者の目だということを。


ナマエは何時だってローの身体を狙っている。それは、もちろん食事的な意味で。

けれど、ハートの海賊団のクルーである意識はしっかりあるのか、彼の中で渦巻く“食欲”を強靭な“理性”で保っているのだ。






「キャプテンは、食べない・・・約束」

「別に俺は、俺を喰らうなとは言ってねぇぞ。クルーたちに手を出すなと言っただけだ」


「クルー食べない。キャプテン怒るから。でも、キャプテン食べたら、クルー怒る。だから、食べない」



カニバリズム、それさえ除けばナマエは人懐っこくて良いヤツだとクルーたちは思っている。

頭が少し弱いが、言い聞かせればしっかり守る。そんな、真っ直ぐなところもあった。





「お前から見た俺は、そんなに美味そうか」


そう尋ねながら、ローはナマエと最初に出会った日のことを思い出す。











その日も、ナマエは今日のように路地裏で“食事”をしていた。

まるで獣、そう・・・弱肉強食を全身で表したかの如くまだ新しい死体を食べるその背中に興味を抱いた。


おい、と声をかけたローに瞬時に襲い掛かってきたナマエは覇気まで使い、更にローに興味を抱かせた。




コイツが欲しい。そうローは思い、能力でバラバラにした後、船に連れ帰った。

生首だけのナマエが目をさまし、その時にローは言った。







『俺のところに来い。戦う敵の血肉はお前のもんだ』






もちろん、クルーは食べてはいけないと告げて。

まさか自分を仲間に欲しがるとは思っていなかったナマエは、こくんっと生首だけでうなずいたのだ。


その時から、既にナマエの目にか微かながらもローへ“食欲”が向いていた。







「・・・美味そう。誰よりも」

「ほぉ。何か違いでもあんのか」


「キャプテンは・・・甘い、匂いがする・・・美味しそうで、食べたくて・・・食事するときは、高揚して興奮するけど・・・キャプテンと一緒にいても、興奮する。キャプテンといる方が、ずーっと、興奮する・・・」





「・・・・・・」

ローはふっと笑った。


「じゃぁお前は、今すぐ俺を食っちまいたいか?」

「・・・・・・」

ナマエはふるふると首を振る。




「キャプテンは食べたい、けど・・・食べたら、キャプテンいなくなっちゃう、から・・・食べたくない」

「・・・・・・」


「不思議な、気分。食べたいのに、食べたくない、なんて・・・」



ナマエ自身も自分の言動が不思議でならなかったのか、小さく小首をかしげた。





「クッ、ハハハハハハハハッ!!!!!!」

「キャプテン?」

突然大声で笑いだしたローにナマエはきょとんとする。


ひとしきり笑ったローは、笑いすぎてその目じりに溜まった涙を指で掬ってから、ナマエを見る。





「お前に良いことを教えてやろう。頭の弱いお前にも、わかりやすいようにな」

「?」


「お前が俺を食べたいのに食べたくないのは・・・手前が俺にホレてるからだ」




にやっと笑ってそういったローに、ナマエはパチパチと目を瞬かせてから・・・




「そうだったんだ」

何処か嬉しそうな顔をして声を上げた。





好きだから食べたい。

好きだから食べれない。





「キャプテン、好き」

「あぁ、そうか」




にやにやと笑うローと共に、ナマエは上機嫌に船へと戻って行った。






食人鬼と医者






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