「もっと飲めぇぇぇええ!」
「ぎゃははははっ、もう一杯、もう一杯!」
甲板の上で盛り上がっている兄弟たち。今夜の宴も、相当盛り上がっているようだ。
そんな中、俺は酒瓶を手に真っ直ぐとソイツの元へ歩いた。
「ナマエ、酌してやるよ」
高鳴る鼓動を抑えつつも笑みを浮かべてそう申し出れば、ナマエは優しく微笑んで「あぁ、頼む」と頷いた。
ナマエは兄弟たちの中じゃ古株で、貫禄もあって、格好良い。
俺はそんなナマエに惚れてる。もちろん、結ばれたい的な意味でだ。
「ふぅ・・・」
「ん?どうしたんだよ、ナマエ」
珍しく何かを考え込んでいるようなナマエに、俺は首をかしげた。
「ん?あぁ、いや・・・俺も良い歳だし、そろそろ嫁とか貰った方が良いかもなぁ・・・」
ぽつりと呟くように言ったナマエに俺はさぁっと血の気が引くのを感じた。
嘘だろ。ナマエが嫁?嫁貰ってどうするんだ?
その嫁だけを愛するのか?あぁ、そうだよな。ナマエって優しくって一途な感じだから、その嫁をずーっと愛すんだろうな。
何だよソレ。そんなの俺は許すわけないだろう。
というか嫁を貰うとか、そんなこと言うの止めろよ。
俺、どんな顔すれば良いんだよ。
ナマエが結婚する時、笑顔で祝福してやらなきゃいけないのか?
出来るわけねぇよ。俺、問答無用でナマエの嫁になるヤツ殺すよ。殺しちまうよ。
「オヤジのために戦い続ける覚悟はあるが、俺のことを想ってくれる嫁と過ごすのも、憧れるんだよなぁ・・・」
小さく笑いながら酒を飲んだナマエに俺はくらくらした。
じゃぁ俺で良いじゃねぇか。
俺だってナマエを想ってるし、ナマエとずっと一緒に居たい。
俺だって憧れてるんだ。ナマエと一緒に過ごすのを・・・
俺だって俺だって・・・
「イゾウも、俺みたいな寂しいおっさんにならないように、気を付けろよ」
ははっと軽く笑ったナマエに、俺は泣きそうになりながら「わかってるって」と笑った。ちゃんと笑えていただろうか・・・
俺は酌もそこそこに「悪い、ちょっと今日はもう寝る」と宴から離れ、自室へと駈け込んだ。
何処かの島で買った小さな鏡を見て、ため息。
俺は昔から、女顔ではあるものの、女ではない。・・・だから、ナマエの望む“嫁”にはなれない。
あぁ、俺が女だったら・・・いや、女だったらきっと出会えていなかっただろう。
それでも、今の俺は女がうらやましくて仕方ない。
女ってだけで、無条件にナマエの嫁候補になれるんだ。ふざけんじゃねぇと誰でも良いから怒鳴りつけてやりたいほど、俺は今女がうらやましい。
悔しさで唇を噛みしめながら、俺はベッドに突っ伏した。
俺も多少は酔っていたのだろう。その夜は、いつの間にか眠ってしまっていた。
次の日目覚めた俺は、そういえば・・・とクローゼットを漁る。
前に立ち寄ったワノクニで柄が綺麗だからという理由で買ったキモノってヤツがあったな・・・
ワノクニの記念に、と渡してきた紅もあったはずだ。
馬鹿みたいかもしれねぇが、たったこれだけで俺にも勝機があるなら、と・・・俺はその着物と紅に手を伸ばした。
着物に袖を通し、髪を結わえ・・・
「・・・・・・」
唇に紅を塗り付ければ、鏡に映るのは自分でも驚くほど“女”だった。
「ナマエ!」
その格好でナマエがいるはずの甲板に出る。
昨日の宴で二日酔いを起こし、ふらふらしていた奴等が一瞬にして酔いが覚めた様な驚いた顔でこちらを見ているが、そんなの関係ない。
「イゾウ・・・どうしたんだ?その格好」
心底驚いたような顔のナマエにぎゅっと抱きついた。
「なぁ!これで、ナマエの嫁にしてくれるだろう?」
「・・・・・・」
俺の言葉にきょとんとしたナマエ。
絶対離れないという意味を込めて、俺はナマエの背中に回した腕の力を強めた。
ナマエは誰にもやらねぇ。
ナマエの嫁になれるんだったら、何だってするんだからな。
「なぁっ・・・俺じゃ、駄目か?」
「・・・イゾウ」
するりと、ナマエの手が俺の頬を撫ぜる。
見れば、困ったような笑みを浮かべているナマエがいて、ずきりと胸が痛んだ。
やっぱり、俺じゃ駄目か・・・?
「少しは俺にも格好つけさせてくれ・・・」
俺は大きく目を見開いた。
「ぁ、ぇと・・・そ、それは・・・」
「まさかこんな別嬪さんになってくるとは思ってもみなかったが・・・イゾウがその気なら、俺も腹ぁくくらないとな」
優しく微笑んだナマエが、ばっと俺を抱き上げた。
「俺の嫁になっちゃくれないか、イゾウ」
「っ、あ、当たり前だぁっ」
泣きそうになりながらナマエの首に腕を回して声を上げれば、何となく雰囲気を察した兄弟たちが大きな歓声を上げた。
嫁さんになろう
(それにしても別嬪さんだな・・・)
(女装前と今、どっちが綺麗だ?)
(アホンダラ・・・どっちも綺麗に決まってる)