とある中将の話をしよう。
その中将に戦闘能力は一切ない。
どちらかと言えばデスクワークが得意・・・いや、デスクワークもあまり出来ない、そんな中将。
けれども彼の周りには、まるでそれが定めの如くに優秀な部下が集まる。
そして部下はその中将に至れり尽くせり・・・
彼が戦う前に部下が海賊を投げ倒し、彼がなにかを言う前に的確に判断を下して海賊を捕える。
そんな彼等の部下はもちろん出世を――
「否!私達はナマエさんの意思を察したまで!」
「ナマエ中将はこう言いたいんだ!『俺が手を下す相手でもないな』と!だから雑魚は俺達が引き受ける!!!!!」
「我々の戦果はナマエ中将のおかげ!すなわち、ナマエ中将の戦果!」
しなかった。
それどころか、自分たちの戦果を全てその中将の戦果として上へと報告するものだから、その中将の評判はうなぎのぼり。
もはや“無戦の王者”とも呼ばれるほどにまでなった。
最初こそ「皆、俺を買いかぶりすぎだよー」と否定していたナマエも、最近ではもうどうでも良くなったのか「うんうん、そうだよそうだよ」と適当に返事をする始末。
そのせいで更に勘違いをする部下たちがナマエを慕って集まってくる。
何をせずとも部下が戦果を挙げ、自分の評価は上がる。
ナマエの部下ではない海兵たちからは大分羨ましがられ、同時に妬まれている。
「アイツ、本当は何の実力もないんだろ、きっと」
「部下にばっかりやらせやがって」
「少しは仕事をしろよな。無能中将め」
そんなことを陰口でたたかれようとも、ナマエは反論しない。事実だから。
が、ナマエの部下は全力で反論する。
「俺達のナマエ中将を侮辱するとは何事だぁぁぁあああ!!!!!」
「ナマエさん!次の遠征では、更なる戦果を挙げて見せます!そうすればもっとナマエさんの評価は上がります!」
「ナマエ中将、あんな陰口叩かれてもまったく反応しないなんて、マジ格好良いっす!!!!」
ナマエへの信頼は高まる一方。
流石にちょっと勘違いさせ過ぎかな?と思ったナマエは、幼馴染の同僚へと相談を持ちかけることにした。
「――別に良いんじゃない?」
「良いのかなぁ。俺、ほんとに無能なんだけどなぁー」
幼馴染――青雉のいる部屋で呑気に珈琲を啜りながら言うナマエ。
青雉ことクザンはそんなナマエに「お茶菓子あるよ。あ、ちょっと空調調整するね」とか言いながら世話を焼いている。
・・・彼はこの海軍本部で最もナマエを甘やかす張本人だ。
昔から何かと人に良い方向に勘違いされるナマエの傍にいたクザン。
しかもその勘違いが更に良い方向に向かうように裏から手を回すのもクザンだ。
ナマエが無能と知りながらも全力でナマエの出世街道をサポートしている。
「俺としては、早くナマエに俺と同じ地位に昇ってきて欲しいんだけどなぁー」
「同じ地位って・・・こんな無能が大将になったら、それこそ海軍壊滅の危機っしょー」
へらへらと笑いながら言うナマエにクザンは「俺がサポートするから大丈夫だって」と笑う。
「それに、ナマエは人の心を掌握する能力にたけてるから、統率係に持って来いだと思うなぁー」
「まともな指示も出来ないのにー?あ、珈琲のおかわり頂戴」
差し出されたコップを「はいよ」と受け取りながらも再び口を開く。
「あっちが勝手に視線で指示だされたと思って動くから平気でしょ。この間の遠征の時なんて、眠くてぼーっとしてたら何時の間にか海賊船3隻沈めてたって・・・相変わらずナマエの部下は優秀だよねー」
「そうだよねぇー。あの子たち、もはや一海兵じゃなくて何か役職貰うべきだよねー。本人たちにそれを言ったら『俺達を見捨てないでください!!!!』って泣き付かれちゃってさぁー」
「出世よりもナマエの傍を選んだか。良いなぁー、俺もナマエの傍で仕事したいー」
「あぁ。だから逆にこっちに昇って来いと?」
そうそう。と笑顔でうなずくクザンが差し出したおかわりの珈琲を飲みながら「まぁ・・・」とナマエは言葉を零す。
「クザンと一緒に仕事するのは楽そうだよねぇー」
「戦いの時もナマエはぼーっとしとけば良いよ」
「ほんと?じゃぁ大将目指しちゃおうかなー」
軽いノリで言うナマエにクザンは気を良くする。
「うん。頑張れ」
「え、頑張れって言葉いやだなぁー」
「頑張るのはナマエの部下でしょ」
「あ、そっか。じゃぁ良いや」
そんなろくでもない会話をしているなんて思わないナマエの部下たちは、今もナマエのために戦果を挙げていることだろう。
「ナマエ中将!!!!!海賊船、一隻沈めました!」
「んー、ご苦労様・・・」
ナマエは船が沈んでいくのをぼーっと見つめている。
ご苦労様と言われた部下は「ご、ご苦労様だなんて・・・感激です!」と感動の涙を流して喜んだ。
そこへ慌てたようにやってくる別の部下。
「ナマエ中将大変です!!!懸賞金1億以上の海賊が!」
「ぇー・・・」
面倒臭そうな声を上げるナマエ。
正直、そんなこと言われても自分じゃ対処できないというのに・・・
「ど、どうしますか!!!!!」
「馬鹿!ナマエ中将の目を見てわからねぇのか!ありゃ『お前たちでも何とかできるような相手だ』って言ってる目だ!」
「そ、そうか!いくぞお前等!!!!」
オォォオオオオッと声を上げながら海賊に立ち向かっていく部下たちに「がんばれー」と気のない言葉を贈りながら、ナマエは再びぼーっとすることにした。
だが、敵の海賊はなかなか強く、一時危ういかと思われた。が――
ドガァァァアアンッ!!!!
ドォォオオンッ!!!!
数時間後、ナマエの目の前にあるのは炎を上げて沈んでいく海賊船が二隻。
ナマエの周囲には沢山の部下が集まっている。
もちろん、船を燃やして沈めたのはナマエではない。
あれは・・・
「運が良かったですね。まさか、海賊船同士が戦闘を始めるなんて」
「まさに漁夫の利!!!!ボロボロになった海賊船を二隻も沈められましたね!」
まさに時の運。
偶然にも敵対している海賊船同士が出会ってしまったらしく、物の見事に海兵を無視して戦闘を開始した。
で、お互いにボロボロになったところを海兵が介入して一網打尽にした次第だ。
嬉々として自分に報告してくる部下に、ナマエは「んー」と考える。
此処で一つ適当なことでも言って置こうか、と考えたナマエの口元に、小さく笑みが浮かんだ。
「まぁ・・・全部計算のうち・・・ってね」
笑って言うナマエに、周囲にいた海兵たちが「け、計算・・・?」と目を見開く。
「さ、流石だ・・・」
「あれが全部計算だったなんて・・・」
「痺れるぜ、ナマエ中将ォォオッ!!!!!」
うぉぉぉおおおおッ!!!!!と海兵たちが歓声を上げる。
ナマエは適当にその歓声に「ははっ」と笑って答えた。
「今日も皆よく頑張ってくれたねぇー」
「俺達の努力を認めてくれるナマエ中将マジ素敵っす!」
「俺達、ナマエ中将のためにずっと働き続けます!」
「ナマエさん素敵すぎて毎日が辛い!!!!!」
部下たちの言葉に、ナマエは「はははー」とゆるく笑うばかりだった。
無戦の無能中将様
(クザンー。やっぱり俺ってさぁ、勘違いされすぎだと思うんだよねぇー)
(良いじゃん。もう少しで階級もう一つ上がるでしょ?楽しみだなぁー、ナマエが俺の隣にくるの。・・・あ、お菓子食べる?良いお菓子もらってさぁ)
(貰う貰う。あ、ついでにこの書類やってくれないー?意味わかんなくてさぁー)
(仕方ないなぁ。ナマエのお願いだからやってあげるよ)
(ありがとー)
あとがき
この中将主、結構気に入っています。
デフォルト名はリリル。
本当に無能。秘めたる力とかは無い。普通に無能な海兵。
クザンに物凄く全力サポートされてる。部下からの信頼が分厚すぎる。