DIOの屋敷に最近、一人の旅人が迷い込んできた。
日本人で、世界を旅しているというその旅人の名は名前。
笑顔が素敵な好青年だった。
真夜中、ペットショップが羽を休めている間に玄関にやってきて「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかぁー?」という声を上げた青年を迎え入れたのはDIO本人。
身振り手振りを交えて「今日の宿が無くて困っているんです。どうか一晩宿を貸してはくださいませんか」とお願いした名前を、ほんの気まぐれで泊めたのだ。
泊める代わりに今まで旅してきた土地の話をしろと言えば、名前は快く引き受けた。
その話は思いのほか面白く、DIOは夜通しその話を聞いた。
名前も泊めてくれたDIOのことを“良い人”と思ったらしく、その対応はとても柔らかなものだった。
たった一泊だけのはずだったが、DIOの提案ですでに1週間以上は滞在している。
「名前。また話を聞かせてくれ」
「あぁ、DIOさん。構いませんよ」
にこにこと笑った名前はDIOに宛がわれた部屋のソファーに腰かけたまま「それでは、私が言ったジャングルの奥地の話でも」と話し始める。
正面のソファーに腰かけたDIOはそれを頷きながら聞く。
「――と、危うく私はそこの民族の方々に殺されそうになったのですが、何とかそこの土地の言葉は覚えていたので、命乞いすることが出来ました」
「命乞いか」
「情けないと思いますか?けど、私はまだまだ見たい世界があるので、絶対に死にたくないんです」
穏やかな声でそういった名前はDIOを真っ直ぐと見て「旅を続けられるなら、私は命乞い程度ならいくらでもします」と、まるで聖人のような神々しい笑みを浮かべた。
それを見て「ほぉ」と声を上げたDIOは「では・・・」と思いついたように口を開く。
「もしもこのDIOがお前をこの屋敷から出さないと言ったら、どうする」
きょとんとする名前。
名前は知らないのだ。此処がDIOという・・・吸血鬼の館だと言うことを。
DIOは名前の返答を楽しみにしていた。
「さて・・・どうしましょう。此処は料理も美味しいしDIOさんも親切だ。逃げる理由が見当たらない。けどきっと・・・数年もすれば私は旅に焦がれるのでしょうね」
「焦がれて、そうしたらどうする」
「無理にでも出ますよ。身体がボロボロになっても飛び出して、旅に出ます。そして、別の土地を数年間旅して・・・そしたらまたこの屋敷に戻ってきます」
「・・・戻ってくるのか?折角逃げたのに」
驚いた表情をするDIOに、名前は優しく笑う。
「屋敷にとどめられるほど気に入っていただけたなら嬉しい限りですから。テレンスさんの料理も食べたいし、DIOさんに旅の話を聞かせてあげたい。私が感じた旅先での出来事を、そっくりそのまま伝えてあげたい」
まるで愛の告白をするように、情熱的な熱のこもる眼で見られたDIOはしばらく動きを止め・・・
「ふっ、は、はは!!あははははははッ!!!!」
高らかに笑って見せた。
名前はにこにこと笑いながら「どうかしましたか?」と尋ねる。
「帰ってくるのなら、無理に閉じ込めておく必要もないな」
「逆に、ただで衣食住を与えてもらえるなんて、幸せなことですよ」
「お前にとって幸せは何だ」
「美味しい食事と温かい部屋・・・欲を言うなら、私の話し相手がいることでしょうか。私、これでも寂しがり屋なんです」
にこにこ笑っている名前に、DIOはフッと鼻で嗤う。
「旅先じゃ別れはつきものだろう」
「その分出会いもあります。その出会いにはいつも感謝していますよ」
「悪い出会いもあるだろう?」
「えぇ。殺されかけたことも何度もあります。スリに遭って路上で寝たことも何度も。極寒の地で追剥ぎに遭って凍え死にかけたこともあります。けど私は今でも生きている・・・」
事実、名前の身体は傷だらけだ。
その穏やかな笑みに似合わず、服を脱いだら夥しいほどの傷跡が存在するのだ。
それでもなお旅を続ける名前は、ある意味狂人なのかもしれないと思うと、DIOは楽しくて仕方なかった。
「一つ良いことを教えてやろう」
「おや、DIOさんの方から話なんて、珍しいですね」
楽しみです。とほほ笑んだ名前に、DIOは嗤ってソファーから立ち上がる。
そしてつかつかと名前に寄り・・・
「ぅっ・・・」
DIOは##NEME3##をソファーの背に押し付け、その首筋にガブリッと噛みついた。
大きく目を見開いた名前は「DIO、さん?」と声を上げる。
ごくりっと血を呑んだDIOはそっと口を離し、名前の耳元で「俺は吸血鬼だ」とまるで愛を囁くような甘い声で言った。
「・・・これはこれは、驚いた」
名前は怯えるわけでもなく、ただ純粋に驚いたような顔でそう言った。
逆に度胆を抜かれたのはDIOの方だ。
「恐ろしくないのか?」
「まさか!衣食住を此処1週間ずっと世話してくれたDIOさんに怖いだなんて!まぁ、驚きはしましたよ。まさか旅生活の中で吸血鬼に出会う機会があろうとは・・・感激ものですね」
また旅の良い思い出が出来ました。とほほ笑んだ名前は、やはり狂人なのかもしれない。
DIOは高らかな笑い声をあげ、名前に抱きつく。
「ぉっと、DIOさん?」
「面白い。面白いぞ名前。貴様は面白い」
「それは良かった」
「名前、このDIOにもっと話を聞かせろ。お前の話は厭きない」
名前は「もちろん」と笑うと、旅の話をする。
どんなものが綺麗だったか、どんなことが楽しかったが、どんなことが恐ろしかったか、どんなことが嬉しかったか、全て全て語る。
それはとても1日では足りない。
名前がお腹を空かせればテレンスに食事を頼み、名前が眠くなればベッドへ行き、その中でとぎれとぎれだがDIOに話をする。
楽しい楽しい時間を過ごしながら、DIOはふと言った。
「ずっと旅がしたいなら、永遠が欲しいとは思わないのか?」
「クスクスッ。それは吸血鬼にならないかという意味ですか?DIOさん」
唯一屋敷の中でDIOと対等になっていた彼は、穏やかに笑いながらDIOを見る。
DIOは「そうだ」と頷き、じっと名前の答えを待った。
「そうですねぇ・・・旅はずっと続けたいですが、吸血鬼になったら昼間は外に出られないでしょう?昼間だからこそ美しい場所もあるんです。それが見れなくなるのは、とても惜しい」
「それはNOということか?」
DIOはむっとした顔で名前を見る。
DIOは名前を気に入っていた。だからこそ、手放したくなくなったのだ。
名前は困ったような笑みを浮かべ「そうなるかもしれませんね」と言う。
むすっとした表情のDIOの頭を撫で「でも」と言った名前は、まるで遠くを見るように天井を見上げた。
「吸血鬼になれなくとも、私は帰ってきますよ」
「どういう意味だ」
「死んだら私は何かに生まれ変わるでしょう。人間か、もしかすると動物か・・・何になるかはわかりませんが、私はDIOさん・・・貴方に会いに来ましょう。そして、また旅の話をしましょう」
「死後の旅に出る、と?」
可笑しそうに笑うDIOに名前も笑う。
「お前は本当に旅が好きだな」
「えぇ。けど、それと同じぐらい貴方も好きですよ、DIOさん」
「・・・ふんっ。本当か?」
「えぇ。だから約束しましょう。現世では吸血鬼になってあげられませんけど、次はいくらでも貴方の傍に」
「・・・期待しよう」
DIOはふっと笑った。
その数年後、名前は旅に出た。
その数か月後、DIOは死した。
更にその数十年後、名前は旅先での病気で、静かにその生涯を閉じた。
更に更にその数年後――
「ディオさん」
「・・・誰だ?」
「初めまして、私は名前・・・――貴方を愛しに来ました」
一人の少年の元へ、旅人の格好をした青年が訪れた。