康一は露伴と(半ば強引に)一緒に歩いていた。
取材と言ってカメラで写真を撮る露伴は、ある一つの声で立ち止まる。
「岸辺!お前、岸辺じゃないか!?」
露伴を指差しながらそう言ったのは、やけに笑顔の眩しい男だった。
「露伴先生、知り合いですか?」
「知らない」
康一の問いかけに露伴は間髪入れずに首を振った。
「大方僕のファンだろう――」
「ひっさしぶりだなぁ、岸辺!俺のこと覚えてねぇ?ほら、よくお前のズボンを背後から下してた――」
「ヘブンズドアー!!!!!」
男は一瞬にして本と化す。
「・・・なにぃッ!?コイツ・・・名前か!!!!!」
「やっぱり知り合いでしたか?」
「忌々しい・・・あの東方仗助以上に忌々しいヤツだ、コイツは!!!!」
男のページに書かれている文字によれば・・・
男は露伴の小学校の頃の同級生である。
しかし高学年に上がる頃には名前の都合で遠くへ引っ越してしまったため、今日が十数年越しの再会である。
「どういう人なんですか?名前さんって」
「兎に角嫌なヤツだったさ!僕のスケッチブックを何時も勝手に見るし、何かと僕にいちゃもん付けて・・・極めつけはさっきアイツ自身が言った通りだ!」
イライラした顔でページを捲り続けている露伴は、とあるページはピタッと手を止める。
傍に見ていた康一は首をかしげて露伴の見ているページを見る。
「わっ・・・【名前の初恋の相手は岸辺露伴である】って・・・じゃぁ、露伴先生にいろいろなことしてたのって・・・」
露伴はぷるぷるっと震えだした。
恐る恐る康一は露伴の顔を覗き込む。
「あ・・・」
「・・・〜〜〜ッ///」
吃驚するぐらい赤面していた。
「もしかして先生・・・昔この人のことちょっと気になってたりしてました?」
「ば、ばかな、そそそそそ、そんなわけあるか!」
これほどまでにあからさまに困惑している露伴は滅多に見られないだろう。
露伴は名前のページに【今の出来事は忘れる】と書いた。
「岸辺!お前、岸辺じゃないか!?」
名前は笑顔で露伴に寄って来る。
「・・・あぁ、久しぶりだな」
「俺のこと覚えててくれたのか!嬉しいなぁ!」
ぱぁっと笑みを浮かべた名前に、露伴は少しだけ視線を漂わせる。
「ん?隣の子は誰だ?岸辺の弟?」
「彼は康一君。僕の友達だよ」
「は、初めまして」
「へぇ!岸辺に友達!お前小学校の頃はあんま友達いなかったもんなぁ・・・康一君、岸辺をよろしくなぁ」
にかっと笑うその笑顔が実に眩しい。
あまりにも良い笑顔で言われた康一は慌てて「は、はい」と返事をして頷いた。
「いやぁ、それにしてもこんなところで岸辺に会うなんてなぁ!今漫画家なんだろ?俺のダチがお前のファンでさぁ」
「ふーん」
「俺も読んだけど、なかなか面白かったぜ。やるなぁ、岸辺」
「・・・別に、凄いことでもないさ」
「はは!相変わらずだなぁ、岸辺は」
「・・・お前は今何やってるんだ」
「ん、俺?俺は飲食店経営してるんだ。ほら、ちょっと前に駅前に建物建ったろ?あれ、俺の店なんだ」
そういえば最近この街の駅前に、小奇麗な店が出来た。
客足も上々で、早くも人気の店へと変貌を遂げている。
露伴や康一も何度かその店で食事をしたことがあるが、なかなか美味しかったのを記憶している。
無論、露伴は写真を撮りまくっていた。
「・・・お前の店なのか?」
「そっ。まぁいろんな場所に店出してるからさ、一応は社長の俺が店を見て回ってるんだ。それにしてもこんなところで岸辺に会うなんてなぁー、俺って運が良いかも」
ははっと笑いながらポケットに手を入れた名前は、露伴と康一に小さなチケットの様なものを一枚ずつ渡す。
「これ、俺の店の一日無料券な。料理もドリンクも全品無料。是非来てくれ」
「お前はこの店を見たらすぐに帰るのか?」
「まぁ、此処にあるのは本店じゃないし」
「・・・ふーん」
「お!もしかして岸辺、俺がすぐに帰ると寂しいか!」
きらきらした名前の眼が露伴を映す。
「ばッ、そ、そんなわけあるか!大体僕はお前が小学生時代したことを許したわけじゃぁないんだからな!」
「悪かったよ。俺も子供だったんだ、岸辺のズボンを下したのはマズかったな、うん」
「うん、じゃない!まったく、突然現れたと思ったら・・・とんだ過去の汚点に会ってしまったよ!僕は」
「岸辺にとっては不運でも、俺にとっては幸運だなぁ」
名前の言葉で、露伴の頭の中に【名前の初恋の相手は岸辺露伴である】という文字が浮かび、顔は熱くなってくる。
「あれ、岸辺・・・顔赤くね?」
「き、気のせいだ!」
「いやいや、赤いって」
名前は露伴の額に触れ「熱は無いな」なんて言う。
「漫画家って大変じゃないか?ちゃんと寝てるか?」
「・・・あぁ」
「俺は新しいレシピ考えるのにすぐ徹夜しちまうんだけどなぁ」
はははっと笑った名前は「おっと、やべぇ」と言いながら時計を見る。
「そろそろ行かなくちゃならない」
「そうか」
「この街には岸辺もいるし、また来るからな」
「・・・僕には関係ない」
ふいっと顔をそむけてそういった露伴に名前は笑いつつ、康一に「またな、康一君」と言って康一の頭を撫でた。
「じゃぁな岸辺」
笑顔で手を振って歩き出す名前は「あ」と言って振り返った。
その顔には相変わらず眩しい程の笑みが浮かべられ・・・
「岸辺ー!小学校の頃は上手く伝えられなかったけど!好きだぜぇ!!!!」
「〜〜〜ッ!?!!!!???!?!お、大声で言うな!!!!」
「ははっ!もしかして脈あり?やりぃー!」
笑いながらそう言った名前は、人ごみの中へと消えて行った。
「ろ、露伴先生?」
「・・・っ」
露伴はあからさまに真っ赤な顔を俯かせ「い、行こう、康一君」と早足で歩いて行ってしまい、康一は慌ててその背中を追いかけて行った。