「日野・・・実は相談があるんだ」
「どうしたんだ?名前」
幼馴染の名前。
昔から表情が薄く、何を考えているのか周囲はあまり理解できない。
長年傍にいる日野でさえ、大体のことはわかるとしても、名前が考えていることを全て理解出来るわけもなかった。
無表情ではあるが、自分に相談事なんて、相当困っているのかもしれない。
優等生然とした態度を努めている日野は、名前に「こっち」と手をひかれるがままに大人しくついていった。
辿り着いたのは旧校舎。日野が日頃、こっそりと“クラブ活動”で使っている建物だ。
日野の手を引いたままスタスタと歩く名前は、旧校舎の奥にある閉ざされた教室の戸を何のためらいもなく開いた。
がらがらと音を立てて開いた扉の向こう側にあるのは、何かを包んだ青いビニールシートが一つ。
机がいくつか並んではいるものの、教室に乱雑に置かれたそのビニールシートの塊はやけに存在感を放っていた。
名前は日野の手を離し、ビニールシートへと近づいていく。
その手がビニールシートの端を掴み、日野を振り返った。その顔はやはり無表情。
「これを見てくれ・・・」
「!これは・・・」
捲り上げられたビニールシートの下には、女子生徒が一人いた。
いや・・・もはや“一人”と数えて良いのかはわからない。
もう永遠に物言わぬであろう女子生徒は、既に一人ではなく、一体だった。
・・・一体の女子生徒の死体が、そこにはあった。
首が変な方向に折れ曲がっていて、顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
美しいとは言い難いその死体を、名前は無表情で眺めていた。
「つい、殺してしまったんだ」
ついで済まされる話ではないのに、名前はまるで気にしていないような面持ちで「どうしようかと思って、日野を呼んだんだ」と口にした。
名前には殺人クラブのことは話していないし、それがわかるような態度も取っていない。
名前にとって日野はただの幼馴染である。そうであるはずなのだが・・・
「日野なら、どうすれば良いか知ってる気がした」
「・・・・・・」
この幼馴染は、どうやら直感的に日野の“本性”を知っていたようだ。
日野はくいっと自分の眼鏡を指で押し上げた。
「何故殺したんだ」
極々当たり前の質問に、名前は「んー」と考える。
「日野が好きだから、自分を日野に紹介して欲しいと言ってきた」
ぽつりと名前が口にする言葉は、殺害動機とは思えないものだった。
どうやらその女子生徒は日野に対して恋心を持っていたのだろう。
だから、誰よりも日野の傍にいる名前に自分を紹介するようにお願いしたのだ。
「けど、断った。そしたら物凄い勢いで怒鳴られて、煩いなぁーって思って軽く押した」
手で押すようなジェスチャーを取りながら名前は「そしたら後ろは階段だった」とぼんやり呟いた。
「突き飛ばしたら、勝手に階段から転がり落ちて行った。下を見たらもう死んでた」
首や腕が変な方向を向いているのは、そのせいなのだろう。
「罪悪感があるのか」
「いいや」
名前は首を振る。だるそうに。
「罪悪感はない。人の物を欲しがるなんて、図々しい女だと思ったから、可哀相だとも思わなかった」
そこで名前は、可笑しな言葉を口にした。
日野もそれに気づき「どういうことだ?」と問いかける。
「だって可笑しい――日野はずっと前から俺のなのに、今更欲しいと言ってくる奴等がいるんだ。訳がわからない。どうしてだろう」
心底不思議そうに、首をかしげながら言う。
「だって、日野は俺のだろう?」
自分が言っている言葉には欠片の矛盾もないとでも言いたげな表情で・・・
「なぁ日野――」
名前の言葉は、日野に抱きつかれたことによって、止められた。
「もう良い・・・死体の処理なら、手伝う」
「ん?別にそんなことをお願いしているわけじゃ・・・」
「良い。だからもう、喋るな・・・」
ぎゅっと自分に抱きついてくる日野を名前は不思議そうな顔をしながら受け止める。
自分の肩にぐりぐりと頭を押し付け、顔を上げようとしない日野。
「どうかしたか」
「・・・どうもしない。喋るな」
「何故だ」
「黙れ」
会話にならないなと名前は小首をかしげた。
そして、ちらりと日野の頭を見る。
「耳が真っ赤だぞ、日野」
「・・・黙れと言っているんだから、大人しく黙れ」
日野の真っ赤に染まった耳をじーっと見つめながら、名前は「わかった」と言って今度こそ黙った。
静かな空間。
あるのは、名前と日野、そして物言わぬ死体。
異様なその空間で、名前は日野のことを何気なくぎゅーっと抱き締め返した。
ぴくっと震える日野。名前はすりっと日野の頭に頬擦りをした。
あっけらかんと
彼は日野の所有権は自分にあると主張した。