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「あっちぃ」

服をぱたぱたさせながら靴を脱ぎその辺りに荷物を投げる。

普段それを注意する母親は今日はいない。確か、ママ友とケーキバイキングに行くとか言っていた気がする。ん?いや、ただのバイキングだったっけ?まぁ何でも良いか。兎に角今母親はいない。

荷物をそのままに台所へと直行。冷蔵庫の中から冷たい麦茶を取り出し、コップに注ぐ。



「名前」

「んぁ?あぁ、来てたのか」

突然声を掛けられても大して驚かずに台所の入口の方を見れば、そこには幼馴染の綾小路行人が立っていた。

家が隣同士で、互いに部屋が二階。しかも窓が至近距離とくれば、あとは察してもらえるだろう。


「昼間なんだし、玄関から入って来いよ。足滑らせたらシャレになんねーぞ」

「そういう名前だって窓から入ってくるじゃないか」

そうやってお互いが窓から入ってくるとわかっているから、家に居る時は窓が開けっ放しというのが当たり前になっている。

お前も麦茶飲む?と聞けばこくりと頷く行人に新しいコップを取り出して麦茶を注いで渡す。


ごくりごくりと飲み一息ついたところで二人して俺の部屋に戻る。何時の間にやら俺の部屋のテーブルには『綾小路行人』と既に記名がされた今日の宿題プリントが置かれていた。

そういえば俺も宿題しないとなと思い、置きっぱなしだった荷物からプリントを引っ張り出して同じようにテーブルの上に置いた。

そしてお互い特に言葉もなしにテーブルの前に座って宿題を始める。幼馴染だから、言わなくても通じることは多い。


「名前、汗かいてる」

「熱いからな」

ぱたぱたと手で顔を扇ぐと、すんっと行人の鼻が鳴った。


「名前は基本的良い匂いだけど、たまに臭いな」

「お前は直球に酷いことを言うな」

「・・・名前、臭い」

「マジかよ」

鼻が利く行人は昔からニオイに敏感だから、幼馴染の俺も気を付けてはいる。気を付けている分、たまに臭いと言われるとちょっぴり傷つくのだ。

内心しょんぼりとしてしまった俺に気付いたのか、行人が「臭いけど大丈夫」という謎のフォローをした。たぶん、まだ耐えられるレベルだから気にするなという意味だろう。

これ以上臭がられても嫌だから一度軽くシャワーを浴びようかなと思っていると、不意に行人が腕の腕を掴んで引っ張った。

ずいっと行人と俺の距離が近くなる。すんっ、とまた行人の鼻が鳴った。


「おい、嗅ぐなよ」

「ん、臭い」

「ちょっ、臭いとか言いながら抱き付くのやめろ」

「んんっ・・・臭い、臭いよ名前」

「やめろっ、自分が臭いってわかってるのに抱き付いて臭い嗅がれるとか、ある意味羞恥プレイ!」

距離が近づいたかと思えば容赦なく抱き着いてきた行人が俺の首筋やら頭やらのニオイをすんすん嗅いでは「臭い臭い」と繰り返し始めた。

かっ!と顔が赤くなる俺に行人が口角を上げ、またニオイを嗅ぐ。


「はぁっ、は・・・」

「えっ、待って待って、何でちょっと興奮してるんだ?」

「名前、臭い・・・んっ、あぁ・・・」

熱の籠った吐息を吐き出した行人が、すりっと俺の肩口に額をこすりつけた。

気のせいじゃなければ、胡坐を掻いた自身の足に、何かが、当たっている。

それを確かめるのが怖くて、俺はぴくりとも動けないでいた。


「名前・・・」

「な、んだよ・・・」

つつつっと行人の手が俺の太腿を撫でた。行人が、ふにゃりと笑う。



「名前の臭い・・・臭いのに、癖になる」

窓の外からミンミンと煩い蝉の声がした。




真夏の汗が止まらない




たぶん、行人が可笑しくなったのはこの暑さのせいだ。

思わずごくりと俺が唾を飲み込んでしまったのも、全部全部暑さのせい。



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