僕は一月前恋人に殺されました。
可愛い可愛い恋人でした。
愛しい愛しい恋人でした。
僕は恋人を精一杯愛していたし、恋人も僕を愛してくれていた。そのはずでした。
けれど僕の最期は、毒に苦しみのたうち回り体中をボロボロにされて絶命。死体は焼却炉で綺麗さっぱり燃やされた。
それをやったのは恋人だけではない。恋人の知り合い・・・殺人クラブだったかな、彼等が一緒にやった。けどそんなのどうでも良い。僕の目には恋人の姿しか映っていなかったのだから。
ねぇ何でこんなことをするんだい。何がしたかったんだい。
別れたかった?離れたかった?だったら言葉で言っておくれよ。愛しい君を苦しませるぐらいなら、僕の方から去って行ったのに。
焼却炉に僕はいる。僕は焼却炉の傍を動けなくなった。
これが地縛霊というヤツなのだろうか。まさか自分の死体が燃やされた場所から離れることが出来ないなんて、死んでからも心を殺されているようなものだ。
気を紛らわしたくても出来ない。焼却炉なんて滅多に使われないから人だって殆ど来ないし、気を紛らわす材料がないのだ。
恋人との思い出に想いをはせても、思い出の終着点は焼却炉。傷は広がるばかり。
恋人はどうしてるかな。普段通りに授業を受けて、普段通りに過ごしているのだろうか。
一月前までなら、僕等は何度も一緒にお昼ご飯を食べていたね。屋上で君と向かい合って、喋るのは僕の一方的だったけど君は時折頷いてくれて・・・
帰りは一緒に帰ったね。君が時折行きたいと言う場所に二人で寄り道したね。
幸せだったよ。君との日々は幸せだった。
でも君は違ったのかな。僕を殺してしまうぐらいだ。きっと僕との日常は反吐が出る様などうしようもないものだったのだろう。
ちょっと悲しいな。けれど僕は君を恨まないよ。
恋人として、これが最期の愛だ。
僕は君を恨まない。だから君も、どうか僕のことは綺麗さっぱり忘れて欲しい。焼却炉で跡形も無く燃やされた僕の身体のように。
僕はいずれ成仏できるのだろうか。きっと、長い時間がかかるはずだ。それだけ恋人への想いは強かった。何時か僕は自分の死を、恋人のことを、全て割り切れるだろうか・・・
すぐに成仏できるわけもなく、僕は焼却炉の前に立ち尽くすことしかできない。
これから先、こんな毎日が続くのか。また傷ついた気がする。
僕がもう無い肺でため息をついた時、焼却炉の方に人が歩いてきた。その人影の正体はすぐに分かった。恋人だ。僕の恋人だった昭二が、近付いてくる。
驚きながらも、僕は恋人をじっと見つめた。
一月ぶりに見る恋人は、何だかやつれている気がした。具合でも悪いのだろうか。俯きがちで、猫背で、今にも倒れてしまいそうなぐらい酷い顔色をしている。
幽霊になってしまった僕に恋人は気付くはずもなく、彼は僕を素通りして焼却炉の前に立った。何をするのかと見ていると、恋人は焼却炉のふたに手をかけた。
ふたを開けた恋人は、溜まった灰の中に手を入れる。
その灰の中に僕の死体の灰も混ざっている。けれど形なんて残っちゃいない。じっくりと、強い炎で綺麗に燃やし尽くされたのだから。
何かを探るように恋人が手を動かすと、焼却炉から灰や煤が舞い上がる。
「無い」
恋人が俯く。そして、ぶつぶつと呟き始める。
「無い、無い、無い・・・どうして無いんですか」
彼に近付けば、彼の掠れた呟きがよく聞こえた。
「名前くん」
彼が僕の名前を口にした。
「名前くん・・・名前くん、あぁ駄目だ・・・どうしても見つからない・・・名前君のが見つからない・・・どうして全部燃えちゃったんですか、少しぐらい残ってたって良いじゃないですか、あぁ何処にあるんですか?何処にあるんです?――名前くんの心臓は」
僕は唖然とするしかなかった。
心臓?僕の心臓だって?
僕の心臓なんてもうそこにはない。柔らかな肉の塊は、とっくの昔に燃え尽きたのだ。骨すら残さず、綺麗さっぱり。
「酷いじゃないですか」
彼は濁った眼で焼却炉の中の灰を睨みつける。眠れていないのか、その目の下にはくっきりとした隈が刻まれている。
「君は僕のことを愛していたんじゃなかったんですか、だったらその証拠を残してくださいよ、どうして、何処に隠したんですか、僕の、もう僕のもののはずです、何処に、名前くん、名前くん・・・」
両手どころか全身が灰塗れになるのも構わず焼却炉の中を漁り続ける彼の姿は、いっそ憐れだった。
そこにあるのは灰ばかり(愛する人の心臓を欲しがった恋人を、彼は今日も眺めてる)