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※坂上君の飼い犬『ポヘ』成代り。ちょっと知能高いけど、ただの犬。



暑くも無く寒くも無い、安定した室温。

一日中そんな心地良い部屋の中で過ごす俺は、所謂飼い犬だ。


毎日食事にありつけて、身体が汚れたら風呂に入れてもらい、毛並みが悪くなったらブラッシングされる。他の飼い犬がどんな生活をしているのかは知らないが、俺としては今の生活は十分過ぎる程のものだ。

一日のんびり過ごし、リビングの隅にある寝床で丸まっていた俺は近づいて来る足音にピクッと反応した。


リビングのフローリングを伝って感じる振動と、鼻で感じるニオイ。

身体は起こさず視線だけ向ければ、頭で予想していた通りの人物がこちらに近付いてきていた。



「ポヘぇ、ご飯だよ」

餌入れを手に近づいて来るのは坂上修一という、俺の飼い主だ。

修一は若干デレデレとした表情を浮かべていた。


ポヘとはもちろん俺のことで、俺は少々不本意ながらも呼ばれたその名に返事をするように「わん」と短く鳴く。

この気の抜けるような名前は修一が付けたものだ。



元々はペットショップで長いこと売れ残っていた雑種。それが俺。

他の可愛らしい子犬たちとは違って、中途半端に成長した可愛げの無い犬に『ポヘ』とは・・・正直似合わない名だ。


「沢山食べろよー」

目の前に餌入れが置かれ、俺はのっそりと起き上がってから餌入れへと顔を近づけた。


一口食べれば頭上からパシャリと音がする。その音の正体はわかりきっている。修一が携帯のカメラをこちらに向けているのだ。




「可愛いなー、ポヘ」

デレデレした表情のまま何度も何度もパシャパシャ音を鳴らす修一を無視しつつ餌を食べる。これは毎度のことで、もう反応する気すら起きない。


ペットショップのガラス越しに初めて出会った頃から、修一の俺を見る目は変わらない。

他の可愛らしい子犬たちには目もくれず、ただ只管に俺だけを見つめる双眼。その目はキラキラしていて、俺が見つめ返せばその顔には嬉しそうな笑みが浮かんだ。



俺を飼い始めてから随分経つが、初めの頃から殆どその可愛がり方は変わっていない。何時かは俺に飽きるものと思っていたが、飽きるどころか鬱陶しい程纏わり付いて来る。

一頻り写真を撮り終ったのか、修一は餌を食べる俺の傍に座り込み、俺が餌を食べる姿をじっくり観察している。本気で鬱陶しくて仕方ないが、不機嫌さをあらわにして唸ったとしても修一は喜ぶことしかしないだろう。わあっ!ポヘが唸った!ってな。


「美味しいかー?」

ぐりぐりと頭を撫でられる。餌を食べている最中にそれは止めろ、危うく顔が餌入れに突っ込まれるところだった。




「聞いてくれよ、ポヘ。実は今度、新聞部でホラー特集するんだ」

手は頭から背中に移動し、毛並みを整える様に動かされる。


「いろんな人に取材するんだ。それも一人で。正直不安だけどさ、日野先輩が部長に推してくれたんだ。頑張らないと」

餌を半分ほど食べ終わる。

修一は部活であったことをぺらぺら喋っているが、犬の俺にはわからないことだ。いや、わかっても特に助言とか出来る立場じゃない。生憎俺は犬なもんで。



「あーあ、不安だなぁ・・・その日だけポヘが一緒に来てくれれば良いのに」

馬鹿なことを言うな、という意味を込めた視線を送れば俺と目が合った修一は「あ、こっち見た」と嬉しそうに笑った。残念ながら、犬である俺の思いは修一には通じない。


修一の手は相変わらず俺の身体を撫でまわしている。今日は一段と執拗な気がするが、本人も言うように不安なのかもしれない。

普段から鬱陶しがってはいるものの、修一のことは嫌いではない。むしろ好きな方だ。だが、食事中に全身を撫でまわすのは止めて欲しい。あと、折角の昼寝中に携帯のカメラを連射するのもだ。シャッター音が煩くて堪らない。




「食べ終わったな?」

たっぷりあった餌が綺麗さっぱりなくなると、修一が餌入れを回収してリビングを出て行く。


すぐに戻ってきた修一は食後にゆっくりしたい俺を抱上げるとソファに腰かけた。

嫌な予感がして少し暴れれば「こらこら、暴れるなって」と笑われるばかり。


ソファに腰かけ、膝の上に俺を置いた修一はまるで俺を抱き枕か何かのようにぎゅーっと抱き締めた。食べたばかりの餌が出るかと思った。

止めろ、離せ、と「わんっ」と吠えるが修一には通じない。こいつは基本、俺の機嫌など関係ないのだ。




「へへっ、可愛いなぁポヘは」

ぎゅうぎゅうと抱き締められ、頬擦りまでされてしまえばもう暴れることすら面倒になってきた。


不安なのはもうわかったが、食後すぐに力いっぱい抱き締めるのは止めて欲しいものだ。吐瀉物を吐き出されて一番困るのは修一だろうに。




「頑張って取材してくるからな。新聞出来たら、ポヘにも読んで聞かせてやるからな」


応援してくれよ!なんて修一が言うが、人間の言う怖い話なんて犬の俺にとっちゃどうでも良い。だがそれで修一が満足するなら我慢して黙って聞いてやるのも良いだろう。

全く、犬の身も楽じゃない。







わん公様の愚痴







「ポヘ!行ってきます!」

朝、俺に向かってそう言った修一に「わんっ」と鳴けば、修一は嬉しそうに笑って家を出て行った。


さて、今日は修一が言っていた取材の日か。

犬の身ながら、一応は主人の成功を祈っておこう。



あとがき

たぶん家に帰って来てから起こる怖いことから守ってくれる。
吠えて危機を知らせたり、坂上君に危害を加えようとする相手に噛みついたり?
おそらく有能犬。




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