×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -





終礼後、一人教室を出て僕が向かう先は美術室だった。


普通ならこれで美術部か何かだと思われるかもしれないが僕は美術部ではない。

真っ直ぐに向かった美術室の扉の前で深呼吸。今日は美術部の活動日ではないから美術部員を鉢合わせするという可能性は少ないが、僕が深呼吸をする理由はそれではない。


大きな深呼吸を3回ほど繰り返し、意を決したように扉に手を掛けようとすればそれよりも早く扉が開いた。

びくっと肩を揺らす僕の目の前には、艶やかで綺麗な黒髪を揺らす女子生徒が一人。



「名字君、来てくれたのね」


「い、岩下さん・・・」

目の前でにこりと微笑む彼女に、僕は身じろぎした。




岩下さんは僕のクラスメイトで、僕が今こうやって美術室へ足を運ぶこととなった原因だ。


岩下さんはクラスでも目立つ程の美人で、けれど何というか・・・美人は美人でも他人に冷たい印象を与える美人だ。

他の女子と馬鹿騒ぎしてるところなんか見た事無いし、逆に馬鹿騒ぎする人間には冷ややかな視線を向けてて・・・


別に不親切とかそういうわけじゃないし悪い人ではない思うけれど・・・何と言うか、うん、はっきり言ってしまえば僕は岩下さんという一個人が苦手なのだ。

美人だというところもそうだが、美人の凄みというのは怖い。一度岩下さんが他人を睨んでいるところを目撃してしまったが、あれは本当に怖かったんだ。思えば、あれが僕の中の岩下さんを印象付けるものだったのかもしれない。




「は、早いね・・・」

「終礼が終ってすぐに来たもの」

僕も終礼が終ってすぐに教室を出て来たんだけど、とは言わない。確かに僕が教室を出る時、既に岩下さんはいなかった気がする。


「さぁ、昨日の続きを始めましょう」

そういって座るように促された美術室の席には、既に彫刻刀と先週までの作りかけであるソレが置いてあった。




美術室には岩下さんと僕以外おらず、遠くからは微かにブラスバンド部が練習する音が聴こえる。

促されるままに席に着けば、岩下さんは僕と対面するような形で机を挟んだ向こう側の席に着いた。

正面にある岩下さんの微笑みを直視し続けるのは辛いが、僕はそうしなければならない理由がある。



一か月程前の美術の時間のことだ。その日美術教師から出された課題は、ペアを組んだ互いの顔を彫刻刀で木を削り作るというものだった。

・・・お察しの通り、僕のペアは岩下さんだった。そして今、僕は一か月前の課題を未だに続けている。


続けているのは当然課題が終っていないからだが、実はこの課題はあってないようなものだ。

僕は課題中、彫刻刀で指を怪我してしまった。大した怪我ではなかったが出血量も多く、それを見た先生は課題を免除してくれたのだ。もちろん彫刻の課題の代わりに、他の生徒の作品を見てその感想をレポートにまとめるという課題が出たが。

手先があまり器用ではない僕は正直助かった。変な作品を作ってクラスメイト達に笑われるのは嫌だし、何よりペアの岩下さんに睨まれるのが怖かった。



・・・が、此処で大誤算。

先生が許しても岩下さんは許してくれなかったのだ。


先週のことだ。岩下さんは放課後僕を美術室へと呼び出し、美術室に置き去りにされた作りかけの僕の作品を手に言った。




『この作品を完成させてくれないかしら』




にこりと微笑みながら言う岩下さんだったが、その眼は笑っていなかった。

完成させてくれないかと口では言っているものの、断れば殺すぞと言わんばかりの眼光に僕はYESと答えるしかなかった。





がりがりと無言のまま彫刻刀で木を削る。前の時のように彫刻刀で怪我をするのは嫌だから、とても慎重に。

ゆっくりと、比較的丁寧に彫り進めているにも関わらず、製作途中の彫刻は作っている本人の目から見ても歪だ。

ちらりと岩下さんを見れば、微笑む彼女と目が合った。慌てて逸らす。



「まだまだ完成には遠そうね」

「そ、そうだね」


先週からずっと同じような光景が続いているけれど、特に何か話題を持って喋ることはない。岩下さんはお喋りな方ではないし、僕だって苦手である彼女と長く語れるような話題なんて持ってない。

彼女はただ僕が彫刻を彫るのを眺めて、時折ぽつりと言葉を零すだけ。僕はそれに慌てて返事をするだけ。



・・・もしかしたら岩下さんは僕が彼女を苦手としていることを気付いているかもしれない。

元々隠し事は苦手な方だし、ばれている確率の方が断然高い。


だというのにこうやって絡んでくるということは、彼女なりの嫌がらせ?・・・いや、こんな風に考えるのは誘ってくれた彼女に悪いだろう。


そんな風に考え事をしていたからだろう。一瞬手元が狂い、彫刻刀が指を掠めた。

ひやりとして思わず「わっ」と声を上げるけれど、幸いにも彫刻刀は若干掠っただけで、大きな怪我にはならなかった。


それでも掠ったのは事実で、左手の中指の腹辺りに小さな切り傷が出来る。そこからじんわりと血が滲んだ。




「ふふっ、不器用ね名字君」

くすくすと目の前の岩下さんが笑う。目の前で同級生が怪我をしたのに、あんまりな反応だ。



「仕方ない人。これをあげるわ」

岩下さんに対する苦手意識がまた少し増幅したのを感じていると、目の前に差し出された一枚の絆創膏。


思わず岩下さんとその絆創膏を見比べると「自分で貼れないの?」と問われ、慌てて「有難う」とそれを受け取った。

まさか岩下さんから絆創膏を渡されるなんて。指に絆創膏を貼りつけながらも困惑する。




「ねぇ名字君」

小さな怪我だったからそこまで痛みもないし、彫刻を続けるには問題ないだろう。そう思って再び彫刻刀を手に取る僕に岩下さんが声をかける。



「この彫刻、出来上がったら私にくれないかしら」

「えっ、どうして?」



「欲しいの。くれる?」



絆創膏の困惑から立ち直れていない僕は更に困惑しつつも「い、いいよ」と頷いた。断ればどうなるかわからない。

僕の返事がお気に召したのか、岩下さんの笑みが深まる。そういえばこの美術室で、正確に言うなら僕が彫刻を続けている間、彼女の表情が曇ったことは無い。


困惑は続いたものの、あまり手を休めていると岩下さんの視線が怖い。僕はスピーカーから下校完了時刻を知らせる校内放送が聴こえるギリギリまで、彫刻を彫り続けた。

とは言っても、残念ながら今日も完成しない。このままだと、来週もこの作業を続けることになるだろう。

校内放送が響くと岩下さんは「今日はもう此処までね」と僕の手から彫刻を取り、美術室にある棚の一番隅に置く。



「明日の放課後もよろしくね」

「うん。えっと・・・岩下さんは、どうしてそんなのが欲しいの?自分で言うのもなんだけど、それ凄く下手くそだし・・・たぶん完成してもちっとも良い物にはならないと思うけど」


欲しいから、じゃなくて何か明確な理由が欲しくてそう問いかける僕に彼女は「そうね、とっても下手だわ」と笑う。




「でも見た目なんてどうだって良いの。私のことだけ考えられて作られたことが重要なんだから」


そう言って愛おしそうに歪な木の塊を撫でる彼女に、僕はまともな返事が出来なかった。






女神を彫る







それは僕が岩下さんのことを考えて作っているからだろうか。それとも僕なんて関係なく、自分のことが考えられて作られているからだろうか。

たぶん後者な気がするのに、心臓はどくどくと脈打つ速さを上げているし、顔は馬鹿みたいに熱いし・・・



「あら、顔が赤いわね名字君」

「何でもない」

やっぱり僕は彼女が苦手だ。




戻る