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彼の事が嫌いだった。



「よぉ、荒井!また本読んでんのかぁ?」

人が静かに読書をしているのにわざと大きな声で話しかけて来たり・・・


「一緒に飯食おうぜ!どうせ誰とも約束してないだろ?」

僕とは違って友達が沢山いる癖に、嫌味のように僕と昼食を取ろうとしたり・・・


「今日、古書店で割引セールやってるらしいぜ。放課後寄るだろ?」

行くとも言ってないのに、僕の予定を勝手に決めたり・・・



「なぁ荒井・・・俺さ、お前と一緒にいるときが一番幸せだわ」

「・・・気持ち悪いですよ」

「ははっ!ごめんごめん、けど本心なんだわぁ、これが」

僕の邪魔をしてばかりの癖に、自分ばかり幸せになろうとする卑しいところも・・・




全部全部、嫌いだった。




彼なんていなくなれば良い。

僕の世界に勝手に入って来ようとする愚かで邪魔でしかない彼なんて、消えてしまえば良い。


そう思う毎日だった。












「――名字が、今朝交通事故に巻き込まれて・・・亡くなったそうだ」

教卓の前で、教師が悔しそうに顔を歪めながら涙を流していた。


教室の中がしんっと静まり返って、次第に嗚咽が聴こえ始める。



彼は相当な人気者だったから、悲しむ人間が多いのだろう。あぁ、本当に厭味ったらしい。

何時の間にやら他の人たちがわんわんぎゃーぎゃー泣きはじめ、僕はその煩さで顔を顰めた。



僕は彼が嫌いだったから、涙を流すわけもない。






次の日、義務的に参加させれた葬式では、それはそれは沢山の参列者がいて、どれもこれも泣いていた。

死んでしまったなんて信じられない。彼はまだ死んで良いような子じゃない。


彼の死を惜しむ言葉を他の人達が口々に述べる。あぁ、鬱陶しい。

棺桶の中にいる彼への最期の別れを、皆順々に済ませていく。


どれもこれも、やっぱり泣いている。

棺桶の中の彼を見て、泣いている。


馬鹿馬鹿しい。

さっさと終わらせて帰らせて欲しい。


ついに僕の番がやってきて、僕は棺桶の中を苛立ちながら覗き込んだ。






「・・・・・・」

棺桶の中に、彼がいた。


たった少し前のことなのに、彼の顔を見るのは本当に久しぶりのように感じた。



まるで眠るようとはこんな風な状態を言うんでしょうね。

何処か穏やかだとさえ思えるその死に顔。前の彼等はこれを見て泣いていたんでしょうね。



けど僕は泣きません。だって、彼が嫌いでしたから。

彼の死を悼んだりしません。



逆に、死んでくれて清々しました。


もうこれで、僕の静かな時間を邪魔する人はいない。

友達の数を厭味ったらしく見せつける様な馬鹿な人はもういない。


いない・・・






ぽたり、と何かが零れ落ちてきた。

目の奥が熱い。呼吸が苦しい。気持ち悪い。


頭の中がぐるぐるぐるぐる、回ってる・・・



嗚呼、嗚呼、ああッ――!!!!!








「・・・嘘ですよぉ」









ぽつりと零れた言葉。



「嫌いなんて嘘です」

ぽろぽろと言葉が零れる。



本当は嬉しかった。

読書中の静かな世界に彼の声が入ってくることが、たまらなく心地よかった。


友達全ての誘いを断ってでも僕のところに来てくれるのが、たまらなく喜ばしかった。



本なんて読まない癖に、僕のためにいろいろ調べてくれているその姿が、たまらなく愛おしかった。

僕と一緒にいるのが幸せなんて、それこそ僕の台詞ですよと叫びたいぐらい、たまらなく嬉しかった。



幸せだったんです。

僕は愚かで、そんなこと言葉にさえ出来ずにいましたが・・・





「好きですっ、名前・・・」







愚者の囁き






ほら、もう遅い。

棺桶の中の貴方は、もう僕に笑いかけてくれることはなかった。




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