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僕って実は、悪魔に好かれやすいのかもしれない。

大川といい、この――



「どうした、綾小路。まだ迷っているのか?」



目の前の悪魔といい・・・


大川との出会いが悲劇だとすれば、僕にとって名字との出会いは喜劇なのかもしれない。



「名字・・・お前が実は悪魔だったというのはわかった。けど・・・契約って、二度も出来るのか?」

実は名字が悪魔だというのを聞かされたのは、ついさっきのことだ。







放課後すぐに帰ろうとした僕だったが、大川に追われたせいで完全に帰るタイミングを逃していた。

おそらく大川は昇降口で僕の登場を待っている。今下手に昇降口に行くわけにはいかない。けど、靴はあそこにしかない。

帰ろうにも帰れず、仕方なく教室に帰ってきた僕は、クラスメイトの名字と遭遇した。



何で残ってるんだと聞けば「追試」と短く返された。確か、名字は頭が良い癖に国語だけはてんで駄目だった気がする。

覗き込んでみればそれはやはり国語の追試で、書かれている解答は滅茶苦茶だった。これじゃ、追試は通らないだろう。


聞けば既に追試は3度目で、ついには先生も教室を出て行ってしまったそうだ。これは、カンニングも目をつむってやるからそろそろ俺を解放してくれという、先生の無言の叫びなのかもしれない。先生だって暇じゃないようだし。


けれど名字は、教科書を開く素振りも見せず、真面目に真面目に説いていた。書かれている解答はやっぱり滅茶苦茶だけど。



名字は元来真面目な性格で、不正をしたことはない。けど、他人に対しては寛容で、割と人気のあるクラスメイトだった。

自分に厳しいせいで、先生の意図にも気づかなかったのだろう。


不器用なクラスメイトがちょっとだけ不憫に思えて僕は「手伝おうか」と提案した。


僕の提案に彼は「・・・手伝ってくれるのか?」と驚いた顔をしていた。自分に厳しい彼でも、どうやらそろそろ限界だったらしい。




名字の前の席の椅子を借りて机を挟んで向かい合うように座れば、名字は「・・・じゃぁ、問一から教えてくれないか」と問題用紙を見せてきた。

国語は特別得意というわけではなかったけど、流石に3度目の追試ともなればその内容は簡単で、教えやすかった。




やっと名字の解答用紙が全て埋まったところで、名字が「お礼をしたい」と言い出した。

別に構わないと言えば、そんなわけにはいかないと名字を首を振る。


困ったなと思っていると、名字が衝撃的なことを口にした。




『何だったら、俺が契約しても良い』


『・・・は?』

『俺、悪魔なんだ。まだ誰とも契約してない』



あっさりと告げられた真実に驚くしかなかった。

しかもお礼ついでに契約しようと言われるとは思わなかった。


そもそも、あんな真面目な名字が悪魔だとも思わなかったわけだし・・・

同級生に二人も悪魔がいるなんて、やっぱりあの学校はどうかしてる。


けれどまぁ、うち一人はまだ僕に害を為していないのが唯一の救いだ。

けど相手は悪魔。油断は出来ない。





「大川なんて低級な悪魔だ・・・」

回想に浸っていた僕を名字の声が現実へと引き戻す。



「ってことは・・・名字は、大川より強力な悪魔なのか?」

恐る恐る尋ねれば、名字はこくこくと頷いた。



「大川は弱すぎて魔界じゃ暮らせない、人間界産の悪魔だ。けど俺は、人間界を見るために魔界から来た、魔界産の悪魔だ」


悪魔に人間界産とか魔界産とかがあるって初めて知ったぞ。

何で人間界に来たんだ?と聞けば「飯が美味かったから」という返事が返ってきた。どうやら意外と食いしん坊らしい。




「契約の上書きだ。複数の悪魔と契約した場合、上位の悪魔が優先される」

「え・・・先に大川が契約しててもか?」


「魔界は弱肉強食だ。契約書なんて、人間との契約を簡単にするための手段でしかないし、悪魔同士に置いてはそれほど大きな問題でもない」


解答用紙と問題用紙を照らし合わせてミスがないかを慎重に確認している名字が、そんな強力な悪魔には見えない。まぁ、大川よりは強いと思う。




「悪魔は見た目じゃないぞ、綾小路」

僕の心を読んだかのようにそう言う彼に肩を揺らせば「やっぱり弱そうって思ってたのか」と白い目を向けられて「・・・ごめん」と謝った。


特に怒ったわけでもなかったらしく、名字は「別に」とだけ言って筆記用具を片付け始めていた。






「俺と契約するか?綾小路」

答えは今すぐ出さないといけないらしい。



「・・・魂は、やっぱり持っていくのか」

「まぁ、大体の悪魔は契約の対価に魂を差し出すことを求めるな」


否定も肯定もしない言葉。

けれどまぁ大川に魂を取られないなら、名字と契約して魂を取られようが取られまいが、あまり関係ないのかもしれない。




「名字と契約すれば、大川から逃げられるか?」

「追いかけ回されるのが嫌なら手を尽くす。契約者がストレスで死んだら困るからな」


普段の態度が真面目な名字がそういうと、何だか頼もしく感じる。たぶん、言葉の通り僕の事を守ってくれるつもりだろう。


何より名前は大川と違って悪臭がしない。

これが僕にとっては大きな美点だと思う。






「・・・大川から守ってくれるのか」

「綾小路がそう望むならな」


「僕の嫌がることはしないか」

「嫌なら嫌とはっきり言えば、何もしない」


「・・・都合が良すぎる気がするんだが、実は裏とはあったりしないか?」

「これはお礼だと言っている。悪魔は、意外に義理堅いものだ」



・・・僕が知っている悪魔は大川しかいなかったせいで、そう言われてもぱっとしない。



本当に僕はこの悪魔と契約しても良いのだろうか。

たとえ相手が良く知るクラスメイトだったとしても、それは偽りの顔かもしれない。


信じて良いのだろうか・・・

信じ――





「ぅっ、この臭いはッ」

僕は慌てて席を立つ。


けれど一歩遅く・・・




ガラガラッ

教室の扉が開かれた。




「ゆっきぃー!まだ教室にいたんだぁー!!!」

「っ、大川・・・」



大川の手によって。




まだ帰っていなかったらしい。

何時まで経っても昇降口に現れない僕を探して教室まで戻ってきたのだろう。


最悪だ。

目の前には今契約している悪魔、傍には現在契約するかしないかを決めかねている悪魔。



変な汗が流れる。

臭い。辛い。気持ち悪い。





「・・・まぁ、契約前のサービスだ」

ふぅっと小さなため息が聞こえた。


すると視界の端で名字がのっそりと席から立ち上がり、僕の肩を抱いてきた。



「あぁ!!!ゆっきーから手を放してよぉ――」


「黙れ汚物」

「ひっ!?」


名前が普段じゃ聞いた事がないような冷ややかな声で大川を制した。




「俺の面前にその汚らしい顔を晒すな。胸糞悪い」

「だ、だって、ゆっきーは僕の契約者だよぉ!?」


こっちに近づいて来ようとする大川が、突然何かに弾かれて尻餅をついた。




「此処は俺のテリトリーだ。勝手に立ち入ることは許さない」

「ひ、酷いよぉ!!!ゆっきーは僕の契約者なのにぃ!!!」


泣きわめく大川に名前の目がどんどん鋭い物になっていく。

けど肩を抱かれたままそれを見ていた僕は、不思議とそれが怖いとは思わなかった。


きっとそれは、鋭い目と比べて僕の肩を抱くその手が酷く優しかったせいだと思う。






「力の差は歴然としているだろう。お前に何が出来る?この俺に、何が出来る?」

名字が怖いのだろう。



「わかったらさっさと去れ。目障りだ」

今にも漏らしそうな顔をしている大川は、名字の声で弾かれたように走り去って行った。

去り際に「ゆ゛っぎぃぃぃいいいっ」と叫ばれたけど、僕は聞こえぬフリをした。









静かになった教室。

再び二人きりになり、名前は静かに口を開いた。



「・・・で、契約するか?綾小路」

「お、お願いします」


肩を抱かれたまま返事をする僕は、なんて情けないんだろう。





君と契約しちゃいます!






僕を守ってくれた名字がちょっと格好良いと思ってしまった今日の僕は、きっとどうかしている。




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