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アタシの通う美大には、とても変わった先生がいるわ。



何時間もどんな時でも、ただ只管にキャンバスに筆を滑らせる。



絵を描いてるときの先生に声をかけたって無駄。

その時の先生は、自分の世界だけしか見えてないんだから。






「先生」


「・・・・・・」




ほら。

アタシがこんなに近くにいるのに、先生は気づかないわ。



隣に椅子を持ってきて座ってみてるのに、やっぱり気づかない。






「もう外真っ暗よ。先生も帰ったほうが良いんじゃない?」


「・・・・・・」




ペタッ、と先生の絵筆がキャンバスの中に色を加える。





「まぁ、帰ったほうが良いのはアタシの方かもしれないけどね」


自分の作品でどうしても仕上がらないところがあって、ついついこんな時間まで残っちゃったのよね。




気づけば周りには誰も居ないし、廊下も真っ暗だし・・・

びくびくしながら廊下を歩いていたら、一つの教室の明かりがついていた。


そこにいたのが先生。


「先生って変わってるわ。髪もぼさぼさだし、服も絵の具まみれ。アタシの知り合いがね?先生のこと、実はずっと家に帰らないで学校で絵を描き続けてるんじゃないかって言ってるのよ?まぁ、先生を見てると本当のような気もしてくるけど・・・」




「・・・・・・」

返事が返ってこないのに喋り続けるアタシも、変なのかしら。


けど、喋らずにはいられなかった。





どんなに教室が明るくても、窓の外は全部真っ暗。

こうやって先生の隣に椅子をならべて座っているのだって、怖いから。


・・・情けないって言わないで頂戴。怖いものは怖いんだから。





「そういえば、先生は甘いもの好きかしら?アタシ、今日のおやつにクッキー持って来てたの。絵を描くのに集中しすぎて、食べるの忘れてたけど。先生も食べる?」


バッグからクッキーの入った袋を取り出す。



一枚取り出し「先生ー?」と声を掛ける。

もちろん返事は無いのは知ってる。





アタシはそのクッキーをそぉーっと先生の口に近づけてみた。


ちょんっと先生の唇にクッキーが触れる。





パクッ


「た、食べた」




先生の口が少し開いたかと思えば、クッキーがその口の中に吸い込まれていった。


しばらくしてゴクッとクッキーを飲み下した先生が・・・





「・・・あら」

また小さく口を開けていた。


おなか空いてたのかしら・・・





まぁ先生の様子からして、夕食もまだどころか、昼食も食べてないのかもしれない。


アタシは小さく笑いながらその口にクッキーを持っていく。





またパクッとクッキーを食べた先生が、ゆっくりと絵筆を止めた。








「・・・今日はここまでにしよう」


「あら。終わったの?先生」




ビクッと先生の肩が震えた。



ギギギッという効果音が付きそうな具合にこっちを見た先生の目が、大きく見開かれる。

勢い良く椅子から立ち上がった先生。そのせいで椅子が倒れる。







「!?!!!?!?!?!?だ、誰だ!?い、何時の間に私の横に!?むむっ!?口の中が甘ったるいぞ!」


あわわわっと慌てる先生。

・・・ギャップよね。絵を描いてるときの静かさとはまったく違うこの感じ。




「き、君は生徒かっ?・・・ん!?良く見ればもう真っ暗じゃないか!生徒はすぐに帰るべきだ。家は何処だ?送ろう」


外の暗さに気づいてさっと荷物をまとめる先生。






「えっ!わ、悪いです先生」

「構わない。それに、その手に持ってるのはクッキーの袋だろう。私に食べさせてくれたんだろう?有難う」



アタシの言葉なんてちっとも聞かずに先生は足早に準備を済ませてしまう。





「ほら。おいで、電気を消すよ」

「ぇっ!?ちょ、ちょっと待ってください」



慌てて先生の傍に駆け寄る。




パチッという音と共に電気が消えると、本格的に真っ暗になってしまった。


前もまともに見えなくて狼狽していると、手をギュッと掴まれた。





「ひゃっ!?」

「暗くてよく見えないだろう。逸れないようにしなくては」


アタシの手を引いて歩く先生に不覚にもキュンッとくる。



手を握ればそれだけ距離も近まるし・・・


先生から漂っているのは油絵具のにおいだけど、今はそれさえ安心する。






先生に手を引かれたまま駐車場まで来ると、軽自動車が一台停めてあった。





「小さな車ですまないね」

「アタシはそういうの全然気にしないわ」


助手席の扉が開けられ、意外に紳士的なのね・・・と感心しつつ助手席の座席に座る。



バタンッと助手席の扉を閉めてから運転席に乗り込んだ先生は慣れた手つきでエンジンを入れて車を発進させた。






「道順を教えて欲しい」

「あ、次の角を右に」


「わかった」




ハンドルを切る先生の横顔をちらっと見る。


やだ・・・格好良いわ。





「もしかして君はギャリーかな?」

「へ?」




「君の提出作品は何度か見たことがある。教師たちの間でもなかなか良い評価だよ」


「ぁ、有難うございます」



まさかアタシの名前知っててくれてるなんて・・・


何だか照れちゃうじゃない。





「あんなに暗くなるまで学校に残ってるなんて、製作に集中してたのかい?」


「えぇ。けど、先生程じゃないわ」





次の角を左に、と言いつつ先生を見る。





「あぁ・・・確かに絵を描いている時は周りが全然見えない。そのことで、他の先生から注意されることもある。けど・・・自分が納得するまで、絵筆を止めたくないんだ」


小さく笑って言う先生に、アタシはときめく。




先生はそんなつもりないだろうけど、さっきから先生の行動と言動はアタシを刺激しっぱなしで・・・






「ぁ・・・先生、ここよ」


そこまで高値じゃない集合住宅の前に停車する先生の車。






「おや、もう着いてしまった」

「?」


「君ともっと喋ってみたかったから」




「・・・っ」




殺し文句よ!先生!!!

先生は運転席から降りて乗り込むときと同じように助手席の扉を開けた。





「今度は、あまり遅くまで学校に残らないようにね」

「は、はい」


車の外に出れば、先生が「また明日」とアタシの頭にぽんっと手を置いた。






「〜〜〜っ、先生・・・」


「おっと失礼」



クスクスッと笑いながらもアタシの頭を撫でた先生は「君と喋っていると楽しいよ。またおいで」と言ってからそっとアタシから離れて車に乗り込んだ。





「さ、さよなら先生」

「あぁ。さよなら」





車が発進していくのを見送りつつ、アタシは熱くなった頬を夜風で冷ますようにしばらくその場に立っていた。




<小さな車/font>



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