名字名前は犬である。
主人である毛利元就にしか尻尾を振らない。
元就の命令は絶対で、何でも素直にこなす。
もし元就が他の人間と口を聞くなと言えば、確実に誰とも口を聞かなくなるだろうという程。
「名前。こっちに来い」
「はい。元就様」
元就に呼ばれたことが嬉しいのか、名前はささっと元就の目の前に傅く。
元就にとってはいつも通りなその光景。
「次の戦、前線に立て。少しでも多くの敵を討て。わかったな」
「はい!この名字名前、命に代えても元就様のお役にたってみせましょう!」
笑顔でうなずいた名前は、次の日大量の敵を討つこととなる。
それこそ、誰もが目をつぶってしまうような地獄絵図が出来上がってしまう程の、大量の敵を。
戦の最中、彼を見た元は口をそろえて言う。
――あれは毛利の犬だ。毛利以外は手の付けられぬ、狂犬だ。
彼はまさしく犬だった。
「・・・まったく」
名字名前は元就の犬である。
しかし元就はあまりそれを良しと思ってはいない。
自分に忠実なのは良いことだが、名前は“やりすぎ”な部分がある。
元就の命令を忠実に実行するが故、元就が思っている以上の働きをしてしまう。
それは時に元就の策をも妨害してしまうほどの大きな働き。
「名前」
「はい。元就様」
呼べばすぐに部屋に来る名前を、元就は筆を手に執務をこなしながら、ちらりと見た。
「貴様は我に文句ひとつ言わないな」
「文句などございませんから」
わかりきった返事。
元就は小さくため息をついた。
「では褒美は何が良い。今回の戦の褒美だ」
「では、これからも元就様のおそばに!」
「ならんと言ったら?」
「自害いたします」
笑顔でいう名前に、元就は「貴様は本当に犬だな」と呟く。
「はい。名前は元就様の犬にございます」
「・・・犬は犬でも、狂犬だな」
「元就様のためなら、いくらでも狂ってみせましょう」
笑顔が眩しい名前を、元就はフンッと鼻で嗤う。
「貴様は我の何処に、そうも従うのだろうな」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、名前は笑顔で首をかしげた。
「元就様。それは簡単なことでございます」
話している間にも確実に片付いていく執務。
元就は筆を墨に浸しながら「・・・言ってみろ」と命じた。
「この名字名前、この命捨てても良いと思える程、元就様をお慕いしているからです」
ぴたっと元就の手が止まる。
名前はにこにこと笑って言った。
「元就様の傍にいられるのなら、犬でも構いません」
「・・・馬鹿な男よ」
はぁっと大きなため息をついた元就は、再び筆を動かし、執務をこなした。
「・・・茶を」
「はい。すぐに」
名字名前は犬である。
元就に忠実で、その他の者に対しては恐ろしい狂犬だ。
狂犬の飼い主