正直怖かったさ。
まるで妖術にでもかかったかのように、周囲の武将たちが私に酔いしれていく。
民はどうした?国は?何故私に構う。
皆私のことを天女と呼ぶ。何と愚かな。
私が突然空から降ってきたからか?私が治癒と言う変な能力を持っていたからか?
私の出現で、確実にその世界の均衡は崩れていた。それが恐ろしかった。
私は前世で死んで、神というヤツに美雨と言う美しい女の身体にされ、変な能力をつけられて・・・
第二の人生などという、くだらない茶番を始めさせられた。
私はどうすれば良かったのだろうか。
操られるように私に心酔する彼らに、私は何が出来ただろうか。
出来ることなんてなかった。
だからこそ私は、この奇妙な状況を終わらせてくれる人を探していた。
私はわざと品なく振る舞った。
男を侍らせるように、まるでそれが目的のように。
まるで馬鹿のような発言をしたりもした。
何が「戦なんて駄目!戦は何も生まないわ!」だ。そんなの、戦国の世を必死で生きる彼らを正面から否定するようなものだ。
なのに彼らは「そうだな!美雨の言うとおりだ!」と言ってしまった。
その癖、私に不信感を抱き、私に暴言を吐いた者は、すぐに排除した。
嗚呼、怖い。怖いよ。果てなく怖かったさ。
それと、気付いたことがある。
私は自分自身に耐え切れず、自ら喉を刀で切ったことがある。
普通なら死ぬだろう。苦しみにもがいて死ぬだろう。
しかし私は死ななかった。
傷はみるみる回復して、無かったことになった。
・・・まるでバケモノじゃないか。
「誰か、私を殺してくれ」
私はぽつりと呟いた。
今まさに、私を殺さんとしている者が目の前にいる。
私と言う存在の異常性に、やっと気づいてくれた人たちだ。
私は彼らに殺してほしくて、彼らの目の前でも異常な態度を取った。
戦なんて駄目!皆で手を取り合って、幸せに暮らしましょう!って。
私の異常に気付いたのは、武田の信玄公。上杉殿とその忍。豊臣の方々。織田の方々。
早く彼らに殺してほしかった。
武田の信玄公は、自分の息子同然に可愛がる真田幸村や猿飛佐助の堕落に、酷く悲しんでいた。
上杉殿とその忍は見ているだけ。行く末を見守るとでも言うのか。
織田の方々は逆に面白がり、あわよくば私を手に入れようともした。無論、私を心酔する彼らによって、それは防がれた。
やっと動いてくれたのは豊臣の方々だ。
私は天下統一に邪魔だと思ってくれたらしく、こちらを攻めてくれた。
私に堕落しきった彼らに、兵士たちをまとめるなんて無理だと知ってた。
だから私は、彼らを煽った。
負けることなんて知ってた。あちらには、私に惑わされなかった素晴らしい武人たちがいるのだから。
「あぁ・・・殺して・・・」
さぁ、何度でも私の身体を切り刻んでくれ。
私の口元に笑みが浮かんだ。
目の前にいる豊臣の方々。
今まで私という疫病神を天女と崇めていた彼らは、今は私の後ろで縛り上げられている。
彼らは戦う中、徐々に私への不信感を高めていったのだろう。
やっと、変な術から解放されてくれたらしい。今はもう、私を庇うような声は聞こえない。
だからなのだろう。もう私は、あんな馬鹿みたいに喚く必要もない。
心穏やかだ。本当の自分でいられることの、なんと素晴らしいことか。
「ヒヒッ・・・前に会った時とは違うではないか」
「・・・あぁ、刑部殿。あの時は失礼しました。貴方には酷いことを言ってしまいましたね。だから殺してください」
「そうだ!貴様は死んでも償えないことを言ったッ!刑部にあのような・・・!!!!」
「はい、石田殿。私は死んでも償えないようなことをしました。だから殺してください。いくらでも」
私に心酔していた彼らを引き連れ、豊臣に赴いたことがある。
その時に偶然出会った刑部に、私は『化け物』と言った。
そんなこと、本当はまったく思っていない。気持ち悪いなどと、化け物などとは思わなかった。
・・・逆に、私なんかよりも、ずっとずっと、綺麗だと思った。化け物は私。彼ではない。
私の口元に浮かぶ穏やかな笑みを見て、豊臣の方々は変に思ってしまったのだろう。私はしまったと思い、演技をしていた頃の笑みを浮かべた。
「何よ!何見てんのよ!さっさと私を解放しなさいよね!!!!ねぇ、政宗ぇッ、早く私を助けてよぉ!幸村も、佐助もぉ!!!!」
ほら。醜い演技なんてもう慣れた。
私はこうやって、醜く彼らに助けを求めれば良いのだ。
そうすれば、私は殺してもらえる。きっとそう。
だれか殺して。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して――
ポタッ
目から何かが流れていた。
その正体にも私は気づけず、演技を続けた。
「ぜ、全部あんたたちのせいなのよぉ!?私を誰だと思ってんの!?天女よッ!?だからっ、助けなさい・・・よぉッ!」
嘘だ。誰も助けないで。
死にたいんだ。もう、死にたいんだ。
もう一回の人生なんて、いらなかったんだ。
私は前世で死んだまま、そのまま死にたかった。
天女なんて望んでなかったんだ。
もう、疲れた・・・
「私を殺してください。もう疲れました。こんな馬鹿な女の演技も、全て全て全て・・・私はどんな目にあっても構いませんから、彼らを解放してください。彼らは被害者で、加害者は私です。私だけを殺してください」
地面に額を付け、土下座した。
その場は静かだった。
私の目からは、まだ何かの液体が流れていた。
あぁ、思い出した。この液体の名前は・・・
「・・・何故、君はそんな風に泣くんだい?」
「・・・・・・」
「半兵衛様の質問に答えぬか!」
「・・・・・・」
「ヒヒッ・・・可笑しな娘よ。先ほどまで喚いていたかと思えば、突然しおらしくなって」
「・・・・・・」
「・・・お前は、本当は何者だ」
「・・・・・・」
誰の質問にも、私は答えない。
知らなくて良い。何も知らないで、私を殺してほしい。
「・・・殺してください。お願いします」
自分じゃ死ねないんだ。だから、誰かに殺してほしいんだ。
「・・・わかった。殺してやろう」
「・・・有難うございます」
豊臣殿が刀を手に持つ。
私の口に穏やかな笑みが浮かび、そっと顔を上げた。
「では、死ぬ前に謝罪をさせてください・・・」
迷惑をかけたんだ。死ぬ前に、一度だけ・・・
「私が死んだら、きっとこの奇妙な現象は無くなるでしょう。私のせいでどれだけの人間が苦しんだのか、謝っても謝り切れるものではないでしょう。全ては私の悪行です。どうか皆様、私を恨んでください」
後ろにいる彼らがどんな顔をしているかなんて知らない。
今度は刑部殿を見る。
「貴方のことを『化け物』などと喚き、本当に申し訳ない。・・・貴方を化け物だと思ったことはありません。私の方が化け物だ。貴方は石田殿の支えでもある、なんとも立派な方です。どうか、これからも長生きしてくださいませ。半兵衛殿も、どうか」
酷くさっぱりした気分だった。
私は私に刀を向ける豊臣殿に笑みを向ける。
「今度死んだら、もう生き返りたくはありません。どうか、一思いに首をはねてください」
「・・・あぁ」
涙は止まっていた。
代わりに顔には笑みが浮かぶ。
怖かった。人々が私に左右されることが。
もう恐怖から解放される。もう、終わるんだ。
こんなに嬉しいことはないだろう。
「美雨!!!!」
誰かが私の名前を呼んで気がする。
私は首を振った。
「私の名前は、そんな名前ではないんだよ・・・私は名前。ただただ、静かに死にたかった、馬鹿な人間さ」
ザシュッという音と共に、目の前が赤に染まった。
誰かが叫んだ気がした。
これで妖術のようなものはとけたはずだ。
あぁ、よかった。これでハッピーエンドだ。
悪女な私が死んで、すべてが丸く収まるはずだ。
あぁ、よかったよかった。
めでたしめでたし・・・
・・・あれ?
パチッと目を開ける。
目の前には・・・
「ぎょ、刑部、どの・・・?」
「ヒヒッ・・・やれ、何をわけのわからないことを。何時まで寝るつもりなのか。さっさと授業に出よ」
「ぇ・・・ぁ、の・・・」
「三成も待っておる。はよぅ教室に帰れ」
保健室?
私はベッドから起き上がり、周囲を見渡す。
「ぁ、れ?お、男・・・」
「何を言うておるのか。お前は生まれたときから男だろぅに。それとも、変な夢でも見たのか?」
自分の胸はまっさら。何もついてない。
男に、戻った・・・?
いや、違う。これは――
ガラガラッ!!!!!
「Hey,名前!!!!!!迎えに来てやったぜ!!!!」
「伊達!!!!名前が驚いているだろう!そこをどけ!」
保健室だと思われる場所にやってきたのは、白い医療用の眼帯を付けた伊達政宗と、石田殿。共に同じ制服を着ていた。そういう私も・・・
「・・・はっ、はは・・・」
「名前?」
「どうした。何を笑っている」
「いや・・・何でもない」
私は顔を手で覆って、小さく首を振った。
「・・・三度目の人生なんて・・・笑わせてくれるっ」
あぁ、神様なんて大嫌い。
「何暗い顔してんだ。さっさと行くぞ!」
「だから、名前を困らせるなと言っているだろう!!!!!」
言い合う二人に、私は小さく笑う。
「ん。教室に行こうか」
出来れば・・・
次の人生は、辛く生きたくはないな。
死にたがりの天女は死ねない
何かやんわりホラー。←
きっと、何度どんな展開で死んでもまた再スタート。←
デフォルト名:涙斗(女の子の時は美雨)