宗像形は友達という存在が出来た試しがない。
というより、作る機会なんてなかったのだ。
友達が存在しなかったということは、当然・・・
「やっ、やややっ、やぁ・・・名前君」
「ん?あははっ、形ぃ!何でそんなにキョドってるんだよ、面白いなぁ!」
・・・“普通の友達”との接し方なんてわかるわけもないのだ。
人吉善吉と友人になってからしばらく。
宗像形にも“もう一人の友人”が出来た。
人吉と同じく一年一組の普通・・・否――人吉善吉よりも普通の男子生徒。それが彼、名前だった。
成績は得意教科と苦手教科の合わせて平均。
運動能力は悪くはないが突飛して良いわけではない。よって、特別なアスリートにはなれない。
小中高の中で幾度か恋をして、幾度か失恋もした。
休日になればクラスの友達と仲良く街へ遊びに行くか、家でレンタルDVDを見たりゲームをしたり・・・
先生からの評価は『友達想いの良い生徒』という、イコール『特に目立った面もない生徒』。
彼は普通だった。
それこそ、何処にでもいる男子生徒だった。
箱庭学園という、特殊な学校にいることが唯一の“普通じゃない”と言い切れるほど、彼自身は有り得なほど普通で、ありえないほどキャラクターとしては成立しない“モブキャラ”だった。
そんな彼が何故『殺さない殺人鬼』である宗像形と友人になったのか?
それは驚くほどどうでも良いような、驚くほどご都合主義な理由だった。
名前は出会った。人吉善吉と宗像形が会話をしている時に“偶然”出会った。
目の前でクラスメイトが知らない人間と親しげに話している。
一種の好奇心から「あれー?人吉、その人誰?」と話しかけたのだ。
善吉も善吉で、誰と聞かれれば紹介しないわけもない。
特に深い関わりもなかったが、“クラスメイト”という名称の男子生徒を無化にする理由なんてなかったからだ。
だからこそ「あ、この人俺の友達なんだ」と説明するのも当然で、好奇心から声をかけた名前が「そうなんだ。あ、俺は名前って言うんだー」と自己紹介したのも当然。
更に言えば、今まで自分に普通に友好的な笑みを浮かべて話しかけてきた人間が片手で数えられる程度・・・というより、善吉ぐらいしかいなかった形が名前に興味を持ち、更に言わせて貰えば友達になりたいと欲してしまったのも当然。
全てが『偶然』から始まり『当然』の結果で終わった。
画して、名前は善吉の仲立ちもあってか友人関係になり、元々がフレンドリーな性格の名前は本来なら先輩である形とも普通の友人と同じように接した。
それが形にとってはあまりに新鮮且つ歓喜の要因となった。
だが此処で発生してくるのは、形の絶望的なまでの交友経験の無さだ。
それは善吉の存在だけではどうにもならず、現在物凄く当惑する主な原因となっていた。
結果・・・
「名前っ、そ、その・・・きょっ、今日もい、いい天気、だな」
普通に普通な友人との会話の仕方がわからず常に形は挙動不審だった。
「はははっ!形、今日は雨ではないが晴れでもない!曇りだ!」
「!?そ、そうか・・・」
「けど、過ごしやすい天気ではあるよなー。俺、結構曇り好きだなぁー」
「!そ、そうか。ぼ、僕もそう思う」
だが名前は形の挙動が不審なことを全く意に返さず、逆に『面白いヤツ』という印象を形に抱いていた。
自分に話しかけようとする度に視線を漂わせ、言葉を震わせる形が面白くて仕方ない。
名前自身、別に加虐心を持ち合わせた人間ではなかったが、こうまで面白い反応をされれば、ついつい虐めたくなるというものだ。
形は形で、自分が上手く言葉を言えずとも、それを上手く理解してくれるところや、何を言っても笑って返してくれる名前を、善吉と同じぐらい・・・いや、別の意味では善吉以上に、名前を気に入っていた。
「ぁ、ぇと・・・」
天気の話を終えたところで早々に話題がなくなった形は、どうにか会話を続けたいとは思うものの、もう次の言葉は出なかった。
話題なんて、形には思いつかない。
「あ!そういえば形ってさ、ゲームとかする?」
「ぇっ・・・ぁ、いや・・・あまりしないな」
「そっか。じゃぁ、今度俺とゲーセン行かない?レクチャーするから」
「!ぁ、あぁ、うん。おっ、お願いする」
「俺の気に入ってるゲームあってさ。あれ、結構白熱するんだ」
「ば、バトル系?」
「そう!形は、バトル系は苦手?」
「にっ、苦手ではない」
「そっか。良かった」
形は胸が軽くなるのを感じた。
それと同時に、胸に流れ込んでくる何かも。
自分が話せる話題がなくとも、名前が話題を振ってくれる。
それは名前としては普通に友達と話す上で当然の振りなのだが、形にとっては感動レベルのものだった。
自分がちゃんと友達と話せている。名前と話せている。
その達成感は計り知れないものだ。
「プリ機もあるだろうし、一緒にプリも取ろうな」
「プリ?」
「プリクラ。男だってプリクラぐらい撮るって。な?一緒に遊んだ記念」
「記念・・・」
形はその言葉につい口元に小さな笑みを浮かべた。
それに気づいている名前も笑みを少し深めた。
何事も経験のない宗像形はある意味必死だった。
どうすれば、目の前の普通の友達がより自分を好いてくれるのか。
その行動はまさに恋する乙女と言われたって可笑しくないほどなのだが、残念ながら形自身はそんな自覚一切なかった。
ただもっと気に入られたい。ただもっと喋りたい。ただもっと一緒にいたい。ただもっと――
そのもっとが、どんどんエスカレートしていっていることに、形は気付いていない。
名前?名前はもちろん気づいている。
だけど言わない。
言ったら面白くないから。
自分のために百面相している形を見るのは、実に面白いから。
面白いなら、別に形と付き合ったって良いとさえ思っている。
そんなの愛がない!と言われてしまえばそれまでだが、実は名前もそこそこ形を友人以外として気に入っている部分があった。
「形ぃー」
「っ!?!!!?!??な、何?」
「形って、ほんと面白いよなぁー。俺の今まで知り合った友達の中で一番おもしろい」
「いいいいいい、一番っ!?」
「ははっ!そ、一番」
だから名前は種をまく。
形を最大限に喜ばせ、更に『もっと』と思わせる種を。
結局のところ、普通の男子生徒である名前には、形のような普通じゃない男子生徒と友人関係になるのは、当然“初めて”のことだったのだ。
普通に普通の友達を沢山作っていた名前。
誰とも友達になったことのなかった形。
意外な事に二人とも“初めて”だったのだ。
「い、一番・・・か、そっか」
「うん。一番だよ、形が」
「〜〜〜っ、そっか・・・!」
形が嬉しそうに口元を緩める。
そうして・・・あぁそうだ、折角だから僕の方から何か誘いたい、という欲が出てくる。
「ぁ、あのっ、これから、ぃ、いいいいい、一緒に――」
「形!」
「っ!?」
「放課後、一緒に何か食べにいかないか?もちろん、形が良いならだけど」
「!ぅ、うんっ、もちろん良いよ」
こくこくっと何度も頷く形に、名前はニッと笑って「じゃ、決定な」と言った。
名前の言葉という甘い甘い養分で、種はどんどん育つ。
・・・そうして普通の男子生徒は、普通じゃない男子生徒をじわじわと虜にしていくのだ。
普通少年と虜少年