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※下品注意



カレーを作りすぎてしまった。



事務所のキッチンに佇んでいた佐隈は寸胴の中にたっぷりあるカレーを前に「そうだ、ベルゼブブさんを呼ぼう」と声を上げた。

カレーと言えばベルゼブブと言える程には、ベルゼブブはカレーが好きだ。それは彼が最も愛する“アレ”に関係するのだが、今この場ではそれを考えない方が良いだろう。カレーが食べれなくなる。


ベルゼブブを呼ぼうと決めるや否やキッチンを出てグリモアを手にする佐隈に既に召喚されていたアザゼルが「さくー、べーやんも呼ぶんか?」と声を上げながら付いて来た。




「カレー、作り過ぎちゃったんです。どうせだからベルゼブブさんも呼ぼうと思って」


そう言いながら魔法陣の描かれた場所の前で何時も通りにベルゼブブを呼び出す。すると何時も通り、白いペンギンのような姿をしたベルゼブブが現れた。

しかし何時もと違う点が一つ・・・





「あれ?ベルゼブブさん、その人は?」

ベルゼブブの隣に、見慣れない姿があった。


一見ベルゼブブに似ているが、全体的に黄色い鳥のような・・・そう、まるでヒヨコのような姿をした誰かがベルゼブブの隣で申し訳なさそうに眉を下げた表情のまま立っていた。


一言で言ってしまえば『可愛い』が、ベルゼブブの召喚と共に出て来たということはこの人物も悪魔で間違いないのだろうと佐隈は少し身構える。

だが佐隈の警戒とは裏腹に、ベルゼブブの隣に立っていた人物はおずおずといった様子で佐隈の前に歩み出て、ぺこりと頭を下げた。




「初めまして、ベルゼブブ族の名前です。本日は勝手ながら優一様の召喚に同伴してしまい、契約者である貴女様には大変なご迷惑を――」

「名前くん、そう畏まらなくても良いですよ」


丁寧過ぎるほど丁寧に挨拶された佐隈はつられて「あ、はい、こちらこそ」と頭を下げる。

猫を被っている可能性が無いわけではないが、アザゼルよりはマシだろうと佐隈は結論付けることにした。





「全然大丈夫ですよ。あ、名前さんもカレー食べますか?」

「いえっ、勝手について来た分際ですので、どうかお気になさらず。これ以上ご迷惑をおかけするわけには・・・」


「えっ、別に迷惑とか思ってないですよ」

「ですが・・・」


心底申し訳なさそうな顔をしながら次第に俯いていく名前に佐隈の方が申し訳ない気持ちになっていく。

そんな二人の様子を見ていたベルゼブブは「仕方ない人ですねぇ」とため息を吐いた。




「彼はこういう人なんですよ。ちょっと事情があって、自分に自信が持てず、何時だって下手に出てしまう」

「申し訳ありません、優一様。僕がこんなんだから・・・」


「畏まらなくても良いと言っているでしょう。私と貴方の仲なんですから」

ね?と言いながら背中をぽんぽんと優しく撫でる姿に佐隈は目を瞬かせ「仲が良いんですね」と声を上げる。




「彼とは小さい頃からの知り合いで、親友ですよ」

「親友だなんてそんなっ!僕の父が優一様の屋敷で働かせて頂いていたので、その関係で・・・」


「おや、私と親友だと不都合でもありますか?」

「ふ、不都合とかそういうわけでは・・・そ、その、畏れ多いです、そんな・・・」



謙遜してはいるものの、ベルゼブブと親友であることに対する不満はないらしく、その頬はほんのりと赤く染まっている。ベルゼブブもそのことに気付いているのか、何処か満足そうな声で「ならもっと胸を張りなさい」と言った。




「そもそも彼を此処に連れて来たのは私ですしね。今日は少し、氏に協力してもらいたいことがありまして」


「アクタベさんに?」

「えぇ。名前くんのことで」



さ、行きましょう。と名前を部屋の外へと促すベルゼブブに名前は慌てたように「は、はい」と頷き歩き始めた。

その時佐隈の方からちらりと見えた名前の背中には、ベルゼブブと同じように透き通る羽が生えていた。












「・・・で、何の用だ、ベルゼブブ」

協力してほしいことがあると言われ読んでいた本を閉じソファへと腰かけた芥辺はそう言って、テーブルを挟んだ向こう側のソファに腰かける名前とベルゼブブを見た。


芥辺の鋭い視線にびくっと肩を震わせる名前。その肩をベルゼブブが優しく叩き「大丈夫ですよ」と声をかける。

ベルゼブブの言葉に少しだけ肩の力を抜き、意を決したように彼は口を開いた・・・






「僕、病気なんですっ」






今まで存在を忘れられていたにも関わらず開口一番「うえぇっ!お前病気なんか!ワシにうつすなよぉ!」と言ったアザゼルは佐隈により無言のままグリモアでパンされた。



「病気だと?」

「はい・・・見ての通り僕はベルゼブブ一族の蠅です」


いや、残念ながら今はどう見たってヒヨコだ。

それに気付いているのかいないのか、名前は「なのに!」と泣きそうな声で言った。







「なのに僕はっ、僕は・・・糞が食べれないんです!!!!」







傍で話を聞いていた佐隈たちにしてみれば別にどうでも良い・・・むしろ食べれない方が正常じゃないかと思えるが、蠅である名前にとっては死活問題なのだろう。現に隣に座っているベルゼブブも心底気の毒そうな顔で名前を見ている。



「糞が目の前にあると、何かこう・・・『うぇっ』て思っちゃうんです。周りの皆が美味しそうな匂いだって言うニオイを嗅いでも、吐きたくなるぐらいの汚臭に感じて・・・」

いや、それが普通ちゃう?と声に出しかけたアザゼルの口を佐隈が押さえつける。



「自分なりにどうにかしようとしたんです。大量の糞便があるエリアUNKに行ってみたり、同じ蠅のウージくんと喋ってみたり・・・けど結果は散々で、エリアUNKに一歩足を踏み入れた瞬間嘔吐したり、ウージくんが口を開いた瞬間絶叫したり・・・」


思い出しただけでも辛いのか、その額には脂汗が浮いている。




「やっぱり僕、病気なんですっ!糞が食べれない蠅なんて・・・ただの羽虫じゃないですかッ!!!!」


悔しそうに叫ぶ名前にベルゼブブは「なんという悲劇っ」と目に涙を浮かべた。

蠅にとって糞を食べれないなんて死んでいるも同然。何とかして彼の病気を治してあげたい。そう思い、ベルゼブブはバッ!と芥辺を見た。




「氏よ!私からも頼みます!どうか彼を・・・名前くんを治してあげてください!」


悪魔をいとも簡単に苦しめさせることが出来る彼なら、逆に悪魔の苦しみを取り除くことが出来るはず。これは一種の賭けだった。これが無理なら、もう諦めるしかない。名前という蠅はこの先ずっと、糞が食えない苦しみを味わって生きて行かなければ――









「・・・お前、そもそも蠅じゃないんじゃないか」



「・・・ふぇっ?」

その場の時間が一瞬止まった。









「えっ、は?え?・・・ん?あ、えっと、すみません、何か今、変な幻聴が・・・」

「お前、蠅じゃないだろ」


わざわざ言い直した芥辺に名前の顔から次第に血の気が引いていく。



「え、そ、そんな、そんなわけないです・・・だって、え?た、確かに病気のせいで糞は食べれませんけど、僕は列記とした蠅で・・・」

混乱した表情のまま言葉を紡ぐ名前だが、その目にはじわじわ涙が溜まって行く。まさか蠅であることすら否定されるとは思ってもいなかったのだろう。



「そんなはずはない!名前くんはこの病気さえなければ立派な蠅!」

泣かないでください!と元気付ける姿は何とも素晴らしい光景なのだが、そこに芥辺がトドメを刺す。






「・・・蜻蛉だろ、お前」






「・・・と、とん、蜻蛉ぉ?」

名前の涙が引っ込んだ。



「あぁ!確かに目とか羽とか、パーツだけならちょっと蠅に似てますよね、蜻蛉って」


納得したような声を上げながら携帯の画面を差し出してくる佐隈。その画面には蜻蛉の画像が映し出されている。

名前はその画像を呆然とした表情で見た。




「・・・ぼ、僕が、蜻蛉?蠅じゃなくって、蜻蛉?」



譫言のように呟く名前の隣でベルゼブブは硬い表情のまま携帯で何処かへ電話を始める。

短い電話。その最後に「・・・そうか」と返事をし携帯を仕舞ったベルゼブブは「名前くん、よく聞いてください」と真剣な面持ちでその言葉を口にした。




「今、じいやに確認させた・・・名前くんは、どうやら“養子”だったようです。名前くんがその事実を知るのは酷だろうと言うことで、隠していたそうです」

「・・・だから、僕が本当は蜻蛉だって教えてくれなかったんだっ」


自分の顔を覆って項垂れる名前の背をベルゼブブがそっと撫でる。

すると名前はベルゼブブの方を見てバッと頭を下げた。




「も、申し訳ありませんでした、優一様。そんなつもりはなかったとはいえ、長年にわたり貴方様を騙し続けてしまいました。如何なる処罰もお受けしますっ」


悲痛な声。蠅ではなく蜻蛉だった。騙すつもりはなかったとはいえ、ベルゼブブから罵倒の一つや二つ貰うことは確実だろうと思った名前の目にはじわじわと涙が浮かんでいる。

罵倒だけで済むなら良い。だが、今まで通りの関係でいられないかもしれない。ベルゼブブを慕っている身としては、それはとても辛いことだった。




「名前くん」

「っ、はい・・・」


びくっと名前の肩が揺れ、そんな名前に「顔を上げてください」とベルゼブブは何処か穏やかな声で言う。

言葉の通り、恐る恐る顔を上げた名前が見たのは、声と同じく穏やかな表情をしたベルゼブブの顔だった。





「そもそも糞が食べれない種族なのに、長年に渡って食べれるよう努力してくれた姿を否定するわけがありません。これからも、私の親友でいてください」

「ゆ、優一様ぁ・・・」


今度こそぼろぼろと涙を流す名前にアザゼルや佐隈の目からも自然と涙が零れた。







「丁度良かった。契約するぞ」







「へ?」

その空気を打ち壊すのは、当然芥辺である。



「氏よ!ちょっと待ってください。確かに名前は蠅ではなく蜻蛉でしたが、だからと言ってグリモアがあるとは――」

「此処にある」


ばさっと音を立ててテーブルの上に置かれたのは一冊のグリモア。




「つい最近見つけたものだが、まだ召喚してはいなかった。が、このグリモアに記されている情報とその名前という奴の情報が酷似している。おそらくソイツのグリモアで間違いないだろう」


「・・・ということは、名前くんは蜻蛉の一族の長子」

驚きの表情を浮かべグリモアを見詰めている名前に芥辺は「病気の事も解決してやったんだ。報酬として契約するのが筋じゃないか?」と言い放つ。




「た、確かに、貴方には僕の長年の悩みを解決する切っ掛けを頂きましたし、貴方がそれを望むなら・・・」

「名前くん駄目です!氏と契約すれば悪魔としての尊厳をがりがり削られていくことになりますよ!もっとよく考え――」



「煩いぞ、ベルゼブブ」

「ぴぎぃぃいいッ!!!!!」


グリモアで頭パーンしたベルゼブブに「優一様ぁーッ!?」と叫んだ名前。ガクガク震えながら芥辺の方を見れば、芥辺は凶悪な笑みを浮かべたまま「契約、するだろう?」と言った。



・・・返事は『YES』か『はい』だったのは、言うまでもない。









羽虫くんの苦悩








「というかお前、今までよく我慢出来たな」

「えっ?」


「蜻蛉は肉食性だぞ。蠅や蝶・・・飛翔する昆虫を空中で捕食する食性がある」

「た、確かに優一様が隣で飛んでるとき、やたらお腹が空いた気も・・・って!た、食べませんから!優一様を食べるなんてそんな!」


「獲物を丸齧りして食べるから、顎の力も凄いそうだ」

「も、もう言わないでくださいぃっ」

「縄張り意識も強いらしいな。縄張りに侵入されると激しく攻撃するらしい」


「・・・これは私も覚えがありますね。一度、私と名前くんが造った秘密基地に余所の悪魔が侵入したとき、烈火のごとく名前くんがブチ切れて相手をグッチャグチャに・・・」



芥辺の言葉とベルゼブブの言葉にガクガクと震えながらボロボロ涙を流し始める名前に、芥辺は満足そうに口角を上げた。




「というか氏は、さっきから何読んでるんですか」

「昆虫図鑑だ」



これをネタに弄るのが面白い。

そう言わんばかりの凶悪な笑みを浮かべる芥辺にベルゼブブはがくりと肩を落とす。大事な幼馴染であり親友である名前が芥辺に弄られ続ける日々を想像しただけで、胃が痛くなった。




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