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“歩く精神安定剤”




それが僕の異名です。




キャーッ!!!!ギャーッ!!!!




「あ。またですか」

外から聞こえてきた悲鳴に僕は小さく欠伸しながら声を上げます。


家から出て、とととっとその場へ急行。

辺り一帯が血に染まってても気にしてられない。







「フリッピー」






その血染めの真ん中にいた人物が、僕の声で動きを止めた。



「・・・よぉ、ナマエ」

ゆっくりと振り返った彼は顔にも沢山血を被ってて・・・

けど僕はそんなの気にせずに「こんにちは」と言った。




「今日も凄まじいですね。歩くたびに靴の裏に不愉快な感触がします」



「じゃぁ来んなよ馬鹿」

威嚇するように僕にナイフを向けるフリッピー。


「丁度クッキーを焼いてたところなんです。一緒に食べましょう」

やっぱり僕は気にせずにフリッピーに語りかける。



「・・・お前、何時もそうだよな」

「僕は変わらないですよ。昔から」




「手前と話してると、殺る気なくなる」


「それは良い傾向ですね」



ナイフを仕舞ったフリッピーの手を取り「ほら、行きましょう」とその手を引っ張る。

血染めな血溜まりもそのままに、フリッピーと歩く。


悪態を吐きながら歩くフリッピーが次第に言葉数を少なくし・・・








「・・・ごめん、ナマエ」


「いいんですよ、フリッピー」





何時もの温厚な彼に戻る。




「君といると・・・心が落ち着くよ」


ぽつりと呟く彼と共に僕の家に入り、彼にシャワーを勧める。

彼がシャワーに入っている間にテーブルを拭いたり、彼の分のカップを用意する。


ほかほかと湯気を出しながら戻ってきた彼に「準備できてますよ」と言えば、彼が無言で僕に近づいてきて・・・




「ぉっと・・・」

ぎゅぅっと抱きついて来る。


「まだちゃんと拭けてないですよ」



彼の肩にかかっていたタオルで彼の頭をそっと拭く。

僕の肩に顔をうずめたまま「ナマエ・・・」と声を上げる彼。





「貴方も昔から変わりませんね」

「・・・昔から、君には絶対に嫌われたくなかったから・・・」


その言葉に少しだけ目を細めた。





「自惚れそうですね。有難うございます」

「自惚れて良いよ。ほんとのことだから・・・」


甘えるような彼の背をそっと撫で「そうですか」と頷く。







「僕は“歩く精神安定剤”だそうですから、いくらでも頼ってくれて良いですよ」


「・・・うん」

「さぁ、クッキーを食べましょう。沢山食べてくださいね」


こくっと頷く彼を椅子に座らせ、カップに温かな紅茶を注ぐ。




「おっと。珈琲の方が良かったですか?」

「ううん。こっちで良い」


クッキーを一口食べ「美味しい」とほほ笑む彼。

先ほどまで暴れていたのと同一人物とは思えない?そうかもしれませんね。


けど僕には・・・






「ちょっとお時間いただきますよ」


彼の目の前にナイフを取り出した。



「!」

大きく目を見開いた彼。瞳孔が開く。

バッと手からナイフが奪い取られ、椅子から立ち上った彼によって床に叩きつけられる。



背中に感じた衝撃に軽く咳き込んでから、






「さっきぶりですね、フリッピー」

「手前、殺されても文句言えねぇぞ?」





「フリッピーにもクッキーを食べて貰おうと思って。迷惑でしたか?」

ゆっくりと起き上がり「ぁいたた・・・」と背中をさする。

テーブルの上のクッキーは無事で、僕は笑顔で「どうぞ、フリッピー」と一枚差し出した。





ガリッ

「痛いです」


「わざとだよ、バーカ」

指ごとクッキーにかぶりついた彼に苦笑。



「ぁーあ。歯型が残ってしまいましたよ」


「噛み千切られなかっただけ有難く思え」

「まぁそうですね」


紅茶を飲んで「ケッ、珈琲じゃねぇのかよ」と悪態をつく彼を見つつ、僕は「不思議ですね」と声を上げる。





「何がだよ」

「そのナイフで僕を刺さないんですか?」


「刺して欲しいのかよ」

「いえいえ。刺されるなんてまっぴらです。今死んじゃったら、フリッピーが泣いちゃうでしょうから」




「・・・手前は昔からそうだ」


「さっきも言われました」





「いっつもヘラヘラしやがって。何時でも何処でも、何があっても・・・」




「目の前で仲間が死のうとも?」



僕は肩をすくめながら言った。

フリッピーはハッと鼻で嗤って「そうだったな」と言う。





僕は昔からフリッピーの傍にいた。

彼が軍人になる前から、なった後も、戦争が終わった今でさえ・・・




僕は昔から何一つ変わらない。


目の前で人が次々に死んでいくという悲劇の時でさえ、僕は苦痛に顔を歪めることはなく、ただただ苦しむ軍人たちを手当てし、軍人たちが安心できるように微笑みを振りまいた。








「知ってるか?手前のこと、裏で“軍の中で一番狂ってるヤツ”って言ってる奴等がいたんだぜ?」


「あぁ。そういえばいましたね」

「チッ、知ってたのかよ」


「当然です。けど彼ら、その数日後に居なくなりましたね」

「・・・・・・」


「お気遣い有難うございます」


小さく笑みを浮かべて言えば、彼は「・・・ケッ」と言って顔をそむけてしまった。






「感謝していますよ。流石に、僕の笑顔を嫌う人にまで笑顔を振りまくなんて、その人に悪いなって思ってたんです」

「手前は不愉快じゃなかったのかよ」


「僕の分までフリッピーが怒ってくれたので、全然平気ですよ。あ、クッキーどうでした?今日のは自信作だったんです」



「血の味」

「それは僕の指を噛んだからですよね」



まぁ、そういう返事しか返ってこないだろうとは思ってましたけど。





「ふふっ・・・」

「・・・いきなり笑うなよ。気色わりぃぞ」


「すみません。この状態のフリッピーとこんなに沢山喋れるのが僕ぐらいなのが可笑しくて」


「・・・何がだよ」






「皆も話せば良いのにって。そうすれば楽しいですよね、とっても」




まぁ、この状態のフリッピーと皆が仲良くしている光景なんて、あまり想像できませんけどね。


「馬鹿。喋る前に俺が殺す」

「あははっ、そうですか。それはそれは」




「お前、やっぱ俺よりトチ狂ってる」

「あ。そろそろチェンジしてください。突然ナイフ目の前に向けられて、フリッピーが驚いてると思うので」




「・・・マイペースだよな、お前」


怪訝そうな顔で見られても困ります。







「どちらのフリッピーにも最大限配慮してるつもりですが?」

「・・・ったく」


すっと戻ったフリッピーに僕は笑顔で「先ほどはすみません。突然で驚いたでしょう?」と言った。




「ぁ、うん・・・ちょっと怖かったけど、平気。ナマエも・・・その、平気だった?」

「もちろん。どちらのフリッピーも優しいですよ」



「そう言ってくれるの、ナマエだけだよ」

「ほら。クッキーを食べましょう。まだ沢山ありますよ」



「うん。・・・ぁ」


フリッピーの視線が僕の指に。

歯型がくっきり残った僕の指。僕は小さく微笑んで、





「ちょっとした愛情の証とでも思ってください」


「・・・・・・」





「フリッピー?」





カリッ

「・・・おやおや」


フリッピーが歯型の付いた指とは別の指に、また歯型。



「い、痛かった?」

「全然平気ですよ。ほら、血も出てない」



「・・・もう少し強く噛んでも良い?」

「どうぞ?」

その歯型の上から更に噛むフリッピー。今度こそ血がにじんで、僕は苦笑を浮かべた。




「歯型、絶対痕になりますね。まぁ、指が千切れなかっただけ、有難いと思いましょうか」


そう言ってクッキーを食べる僕に、フリッピーが左手を差し出してきました。



「どうかしましたか?」

「此処、噛んで?」


「おや・・・」


何やら真面目な顔で指を差し出してくるフリッピーにちょっと首をかしげつつ、その手を手に取る。






「此処で良いんですか?」

指定された薬指。

フリッピーが頷くのを見届けてから、その指を口に・・・





ガリッ

「おっと、少し強く噛み過ぎたかもしれないです。血が・・・」




慌てて絆創膏で手当てしようとすると「待って」と手で制される。



「もう少しだけ・・・眺めさせて」

「?・・・まぁ、滲んでる血も少しですし、絆創膏が無くても大丈夫でしょうけど・・・」



何故だか嬉しそうに微笑んでいるフリッピー。

けどまぁ、彼が良いと言うなら良いのでしょう。



僕はたいして気にせずにクッキーをもう一口。

しばらく指を眺めていたフリッピーも笑顔でクッキーを食べる。






「明日はフリッピーの好きなことをしましょうか。僕、」

「ぁ・・・じゃぁ、二人でいたい。部屋で二人きりで、映画でもみない?」



「それは素敵ですね。では、フリッピーの好きな映画にしましょうか」


「ナマエと一緒だと、フラッシュのある映画も見られるから、ほっとする・・・」

「僕もフリッピーとならホラー映画でもサスペンス映画でも普通に見られるのでほっとしますよ」


軽く笑いながらフリッピーの指を見た。


左手薬指・・・


「まるで・・・」




「?・・・どうしたの?」

「いえ、何でもありません」




きっと僕の気のせいですね。


僕は精神安定剤。それ以外でもそれ以下でもないはずですから。




歩く精神安定剤



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