名前先輩は良い人でした。
あの人のバスケは周囲からはあまり評価されるようなものではありませんでしたが、彼は選手一人一人に目を配り、気遣いをする天才でした。
そんな彼は『選手よりマネージャーをやった方が良い』なんて言われても、選手を続けました。
試合にも出れぬまま、ただただバスケを続けるあの人に、僕は一度だけ尋ねたことがあります。
――マネージャーをやろうとは思わないんですか?
今思うと、それはバスケを一生懸命やってる彼に対しての最大の侮辱だったのかもしれません。
それでも彼は僕を怒ったりせず、ただただ小さい子供に言い聞かせるような優しい口調で言ったんです。
――周りがマネージャーを進めようとも、俺がやりたいと思ったのはバスケなんだ。マネージャーじゃない。
自分がやりたいからやる。
バスケをしたいからする。
そんな彼に、僕は大きな憧れを感じました。
彼は決してバスケが上手ではなかった。けど、誰よりもバスケへの情熱を持っていた・・・そう思うんです。
何時でも優しい名前先輩。
僕の中の大きな憧れは何時しか恋慕へと変わって行きました。
楽しかったバスケが次第にただ勝利を求めるだけのものになり下がった時は、軽く絶望しました。
けどそんなときでも、彼は優しかったんです。
ただ、少し悲しそうでした。
試合にも出れない名前先輩だけど、何時だって優しい笑みで試合を眺めている。そんな人の見せた悲しそうな顔は、僕に大きな衝撃を与えた。
やっぱりこんなバスケじゃ駄目だ。
こんなの僕が・・・いや、僕と先輩が望んだバスケじゃない。そう確信したんです。
先輩は卒業してから何処へ行ってしまったのかわかりませんでした。
きっとあの人なら、バスケを続けているだろうと思っていました。
そしてやはり――
「名前、先輩っ」
どんっと体当たりするような勢いで彼に抱きつくと、彼は「おっと」と声を上げた。
「あぁ・・・久しぶりだね、テツヤ」
誠凛バスケ部のユニフォームを身に纏った先輩は、あの頃と変わらない優しい笑みを僕に向けてくれました。
あぁ良かった。僕のこと、忘れてなかった。
きっと先輩なら、あの頃のメンバーのことを皆覚えていると思います。
「先輩、此処に入学してたんですね」
「テツヤこそ。てっきり大輝とか他のキセキと同じ学校に行くのかと思ってたよ」
突然名前先輩に抱きついた僕を、他のバスケ部の人たちは驚いたように見ています。
けど今はそんなの関係ないんです。少しでも長く、先輩に触れていたい。
「此処、新設校だったから」
はっきりいう先輩。
軽く首をかしげる僕に、先輩は優しい笑みを浮かべて言った。
「此処なら、好きなバスケを目一杯やれる気がしたんだ」
とくんっと、中学の頃は常に高鳴っていたこの胸が、再び大きな高鳴りを見せた。
あぁやっぱり僕は名前先輩が好きなんだ、と。
「テツヤも、此処で大好きなバスケを目一杯やりなさい。テツヤの満足できるバスケを」
「はいっ!」
先輩に抱きつく力が強くなる。
先輩はちょっとだけ苦笑を浮かべて「テツヤ、そろそろ他の奴等の視線が痛い」と言う。
それでも僕を無理やり引きはがしたりしないのは、先輩の優しさなんだと思います。
「おい名前。お前はうちのチームのトップシークレットなんだから、今から練習試合する1年につい秘密喋ったりなんかするなよ」
「わかってるよ順平」
名前先輩の傍にやってきた・・・確か名前は日向先輩だ。彼の言葉に僕は首をかしげる。
「トップシークレット?」
「ん?あぁ。俺、此処ではレギュラーなんだ。それで――」
ゴッ
「ダァホ!言った傍からバラそうとすんな!」
「いたた・・・あぁ、ごめん」
殴られた頭を押さえて苦笑を浮かべた名前先輩は「ごめんテツヤ。それじゃぁ、後は試合で」と言って僕から離れて行ってしまった。
その後の試合で、先輩たちの凄さを知った。
特に凄いのは名前先輩でした。
名前先輩のパス。
「あれは・・・」
僕のパス。
「いけ!名前!」
名前先輩の3Pシュート。
あれは緑間君の。
「伊月!お前はそっちをマーク!水戸部はそのまま!日向は――」
的確な指示。
あれは――
「・・・凄い」
キセキの世代の技を全てマスターしていた。
それだけじゃない。彼がもともと持っていた、周囲を良く見る能力も更に磨きがかかっていて・・・
あの人は強い。きっと、中学を卒業してからもバスケをやり続けた結果なのかもしれない。
試合終了になって、その後部活は終了。
着替えた僕はすぐに名前先輩のところへ駆けて行きました。
「名前先輩」
「あぁ、テツヤ。ちょっと待って。まだ着替えてるんだ」
上半身は脱いで、汗を掻いた肌をタオルで拭いている先輩。
その姿につい息を詰まらせてしまう。
「他の先輩方は・・・」
「もう行った。早く着替えないといけないな」
そう言った先輩に近づき、その手のタオルを取った。
「ん?テツヤ?」
「背中、拭きます」
「あぁ、すまない」
汗の伝っている背中をそっと拭く。
「・・・・・・」
「・・・テツヤ?」
もう拭き終ったその背中にぴとっとくっついた。
不思議そうに声を上げる先輩の腰にギュッと腕を回す。
「先輩・・・」
「・・・どうしたんだ?テツヤ」
優しい声で尋ねてくれる先輩に、僕はちょっとだけ泣きそうになりました。
「先輩・・・僕、先輩のこと好きです」
「そう」
「先輩としてじゃないんです。僕は貴方を愛してます」
「有難う」
先輩がどんな顔をしてるかなんてわからない。
「テツヤ」
「・・・はい」
もしかしたら嫌そうな顔をしてるのかもと思うと、顔を上げられなかった。
「テツヤが誠凛に来てくれて嬉しかった」
「・・・・・・」
「俺も好きだ、テツヤ」
「!」
バッと顔を上げると、先輩が優しい顔でこっちを見ていた。
「せ、んぱぃ・・・」
「だから、そんな泣きそうな顔はするな」
振り返った先輩が僕を抱き締め、頭を撫でてくれた。
嬉しくて・・・
「っ、せんぱいっ」
「あぁ、泣くなテツヤ」
「だ、って・・・」
その後、しばらく泣き続けました。
泣き続ける僕を、名前先輩は困ったような顔で・・・けれどずっと、撫でてくれました。
先輩のバスケ