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キィッ


「・・・・・・」




誰かが部屋に入ってきたな。

あぁそういえば、生前もたびたびこんなことがあったな。


書斎にこもりっきりの私のところに、こうやって控えめに扉を開き、中を覗き込むヴィンセント。

私は小さく微笑みながら思い出にふけっていた。




つん、つんっ・・・


控えめに背中をつつかれる。




私はゆっくりとそっちを見る。

そこには、幼い頃と同じように蝋でできたマスクをつけたヴィンセントがいた。



ただ、その手には大きな鋏が握られていて・・・






「・・・此処、素敵な部屋だね」


けれど私はそんなこと気にせず、小さく笑いながら言った。




ヴィンセントは指をマスクで出来た唇の前に一本立てる。


静かに、というサインだろう。





あぁそういえば、この書斎ではレスターもヴィンセントも、あのボーでさえもとても静かだった。


此処は喋ってはいけない部屋だとでも思っていたのだろうか?







「おい、その部屋で何をしてる」






少し怒ったような声が部屋に響く。


ボーが入口の前で怒ったような顔をして立っていた。

ヴィンセントは無言。私も無言で、ボーを見た。



「此処はパパの部屋だ。勝手に入るんじゃねぇ」


・・・パパ?



軽く目を見開く私。




だってそうだろう。生前、ボーもヴィンセントも私を父とは呼ばなかった。

呼んでも無言、話しかけても無言。


それを私は、私が父として認められていないからだと思っていたのに・・・






「パパって人の部屋なの?」

「その部屋で喋るんじゃねぇ」



ギッと恐ろしい程の目で睨まれる。




「どうして・・・」

「この部屋はパパの仕事部屋なんだ。静かにしてねぇといけねぇんだ」


部屋にずかずかと入ってくると、私の腕を掴んで無理やり立ち上がらせる。


私はそんなボーをじっと見つめていた。





「じゃぁ何で、あの人形はこっちにおいでって手を広げてるの?」

「・・・・・・」


ボーがグッと奥歯を噛みしめた。



「・・・こっそり部屋の中を覗いていると、絶対パパにこっちに気付いて、笑顔で『おいで、ボー』って言ってくれた。・・・一度もその腕に飛び込んだことはねぇけどな」



過去を思い出すような顔で言うボーが、蝋人形の私をじっと見つめると、ぱっと私の手を離してその蝋人形に近づいた。





「・・・パパ」

「・・・・・・」


ヴィンセントもその蝋人形に近づいていく。

その様子を見ていた私は、やっぱり涙がこぼれた。







私は愚かだ。


可愛い可愛い子供達は、決して私を嫌っていたわけではなかったらしい。

まさか、死した後にそれに気づくとは。


涙をさっと拭いて、二人の後ろ姿を見ていた。


大きくなった二人。

今はもう子供になってしまった私では、あの二人を抱き締めてあげることは出来ない。




自分の無力な身体。それがとても嫌になった。


それに、この二人には私が父親だと気付いてはもらえない。


私は小さく息を付き「あの」と声をかけた。







「母さんは何処ですか?そろそろ合流しないと」

「あ?あぁ・・・そうだったな」



こっちを振り向いたボーが、ゆっくりと此方にやってくる。




「お前のママは地下だ。喜べ、パパもいるぞ」

きょとんとする私をボーが担ぎ上げ、部屋の外に出る。


後から出て来たヴィンセントが扉をそっと閉じ、そのまま三人で地下へと降りて行った。











「・・・・・・」


目の前の光景を見て驚く。



何やら機械に座らされ、熱い蝋をかけられ悲鳴を上げている父親。

ベッドに寝かされたまま拘束され、脇腹に大きな傷を作り、痛みに苦しむ母親。


ボーに地面にドサッと落とされた私は、ヴィンセントが母親に近づくのを見つめる。





「ぁ・・・」


私が使っていた縫合用の針と糸で、母親の傷を縫っていく。

麻酔も無しに行われるソレに、母親は劈くような悲鳴を上げ、ベッドをガタガタッと揺らした。


母親の目がこちらへ向く。





「ナマエ!!!!助けて!お願い、お母さんを助け――あ゛ぁアあぁぁぁアアあぁアァァアアあぁ゛ああッ!!!!!!!!」



激痛で気絶した母親。

手術経験もあって、傷口には慣れている私だが、この悲鳴には顔をしかめるしかなかった。


気付けば父親の悲鳴も聞こえなくなり、今度は母親が椅子に座らされる。

私は怯えると言うよりも驚きのせいで動けない。


私は「何故」と呟いた。


・・・いや、今の声は子供にしては可笑しかったか。




子供ならすぐさま泣きわめくような場面にも関わらず、私はその状況をただ見ている。

ボーも可笑しく思ったのだろう。「おいお前」と言って私にナイフを向ける。






「悲鳴あげねぇのか?」

「・・・・・・」



「可笑しなガキだ」


この手術台も見たことある。


これは私が物置に片付けておいたものだ。

あぁ、ヴィンセントが使っているアートナイフは私が以前買ってあげた――






「おい」



「・・・懐かしいよ」



私の顔には笑みが浮かんでいた。




「妻だけだと思っていたっ、愛しい子供たちには、妻しか必要じゃないのかと・・・でも、違ったようだっ、私はちゃんと、父親として存在していたッ・・・あぁ、死んだ後も、こうやって元気な姿を見ることが出来るなんて・・・もう本望だ。もう死んでも良い」


私はボーを見上げ、小さく微笑みかける。






「愛してるよボー。ヴィンセントも、レスターも」


これから殺されるとしても、それで構わない。





「・・・何で名前知ってんだよ」


何時の間にかヴィンセントもこちらを向いていた。




「さぁ」

「答えろよ餓鬼」


「・・・・・・」




「・・・チッ・・・餓鬼っぽくねぇ餓鬼だとは思ったけど、何なんだよお前」


説明しても信じてはくれなさそうだ。

私が苦笑を浮かべると、ふわっと身体が浮いた。





「ヴィ、ヴィンセント?」


何時の間にか抱き上げられている私。

ヴィンセントが私をガン見している。









「・・・・・・パパ」


小さな声でヴィンセントが呟いた。





「はぁ!?おい手前!こんな餓鬼がパパなわけねぇだろ!」


「ヴィンセント、お、下しなさい。良い子だから」

慌てて言う私をヴィンセントがギューッと抱き締める。



「!ヴィンセント、怪我してるじゃないか。すぐに手当てしなさい。私の書斎の一番下の引き出しに救急セットがあるから――」

「おい!何で知ってんだよ!」


「あぁ、駄目だよヴィンセント!力を入れたら傷口から血が出るだろう!ボー!ヴィンセントを止めなさいっ!」


もうパニック状態の私とボーなんか気にせずにヴィンセントが私に頬擦りする。

するとボーも次第に気に食わなくなってきたのか、バッとヴィンセントから私を奪い取ると「おい手前」と私を睨む。





「ホントにパパかどうか質問してやる。違ったら即殺すからな」


「ぼ、ボー・・・」




私を抱き上げたまま厳しい顔つきをするボーに、私は頷くことしかできない。




「俺が7歳の時にパパに上げたものは」

「蝋で作ったお花、私が書斎にいないときに部屋に置いておいてくれたね、有難う」


「ッ・・・ぱ、パパが俺とヴィンセントの8歳の誕生日に買ってきたものは」

「三人で遊べるようにと野球用のボールとグローブを買ってきたのだけど、殆どボーとレスターで遊んでたね。もっと別なのが良かったかな・・・?」



「・・・ママの外出中にヴィンセントのマスクが壊れた時、パパはどうした」


「あの時は焦ったよ。私は蝋細工の才能は全然なかったから、とっても不格好なマスクになっちゃって・・・結局ママが返ってくるまでヴィンセントは不格好なマスクを付けとくことになっちゃったよね。ごめんね。ヴィンセント」



ヴィンセントがふるふるっと首を振った。





「・・・パパが死ぬ間際に言った最後の言葉は」







「『愛してる。だから幸せになって』」


ギュゥッ




ボーが私を強く抱きしめていた。


よくよく耳を澄ませば、ボーは小さく鼻を啜っていた。



私はその頭をそっと撫で「寂しい思いをさせてごめんよ」と言った。

ゆっくりと降ろされた私は「何で、パパは此処にいるんだ」と質問される。




「死んだあと・・・あの二人の子供として生まれたんだ。前世の記憶を持ったまま・・・けど、三人のこと、一度も忘れたことはない」


ほほ笑みながら言うと、二人とも抱きついて来た。少し苦しいかな・・・




「パパはもう俺達を置いて行ったりしないだろぅ?」

「ボー・・・」


「・・・パパ」

「ヴィンセント・・・」



困ったような顔をする私を、ボーもヴィンセントも黙って見つめた。

ちらっと視線をずらすと、既に蝋の塊と成り果てた父親と母親の姿が。







「・・・わかった。一緒にいよう」


どちらにしても、今の私では一人で生きていくことは難しいだろうから。

すると二人は嬉しそうにまた強く私に抱きついて来た。










その後、泥だらけで帰ってきたレスターに、




「レスター、夕飯の前にシャワーでも浴びておいで。今日は私特製スープを飲ませてあげるよ」

「え?」



「おいレスター。パパにただいま言えよ」

「ぇ?は?パパ?」


「ボー、ヴィンセントを呼んでおいで。まだ作業してる途中だろうけど、そろそろ夕飯だよって」



「わかった。おいヴィンセント!!!!!とっとと来い!!!!!」

「レスター、ほら早くシャワーを浴びておいで」


「お、おぅ・・・」

レスターは反射的にこくっとうなずき、そのままシャワーへと歩いて行った。




パパが帰ってきた


(え!?マジでパパなわけ!?)
(うん。そうなんだ)
(め、メス盗ったこと怒ってるのか!?)
(大丈夫。もう刃物持ってもちゃんと管理できる年齢だから、あのメスは上げよう)
(マジで!?やった!)


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