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「・・・ん?」

書斎で医学書を読んでいた私は、外から聞こえた音に顔を上げた。



息子達の誰かが帰ってきたのだろうか。

そう思って席を立った私の耳に明らかに息子達のものとは違う高い声が届く。


女性の声?その後に男性の声もする。



まさか息子達とは別の人間が家の中に侵入してきたのだろうか。

・・・まぁ大方、この町に迷い込んでしまったが為に息子達(主にボー)に追われ、逃げた先にあったこの家に潜り込んだのだろう。


ということはボーはまだ外で、ヴィンセントも蝋人形館の方にいるのだろう。





さて、どうしたものか・・・と思っていると、足音はどんどんこちらに近付いてきていた。

がちゃっと書斎のドアノブが回る。ゆっくりと開かれた扉からこちらを覗き込んだ影・・・






「おいっ、こんなところに子供がいるぞ!」

「まさかアイツ等に・・・」

「子供までっ!なんて奴等なの!?」


男性二人に女性一人、合わせて三人。



彼等の口ぶりからして、ボーだけでなくヴィンセントからも既に追われているのか。おそらくだが、蝋人形館の作品にいくつか悪戯したのだろう。ヴィンセントが積極的に追う理由としてはわかりやすい。



息子達とは違って騒がしく書斎に入ってきた彼等は何か重大な勘違いをしているらしく、私の手を取ると突然「大丈夫。絶対助けるから」と歩き出した。その時に机から落ちてしまった医学書を本棚に仕舞う暇もなく、私は彼等に連れて行かれる。


うーん、困った。確かに私の今の見た目だと、拉致された子供と思っても無理ないだろう。

息子達のうちの誰かの子供だとは到底思えないだろうし・・・






「あの――」

「静かに。何処にアイツ等が潜んでいるかわからねぇからな」


ワックスか何かで髪をくしゅくしゅに固めた男性が私の口を塞ぐ。もう一方のスキンヘッドの男性は怪我をしているのだろう。腕を抑えて荒い呼吸を繰り返す。女性の方は目立った外傷はないものの、服と髪型はぐちゃぐちゃ。



女性の方がキッチンを漁って包丁や軽い食料を手に入れる。荒らされたキッチンに、あぁ後の片付けが大変だと内心項垂れた。

目ぼしいものを手に入れると再び僕は手を引かれ家の外へ。そして周囲をきょろきょろと確認し、誰もいないことがわかるとさっさと家から離れた。



あぁ、息子達が心配する。

私の苦悩など知らず、やっとほっとした様子の彼等は漸く私の方へと視線を向けた。






「俺はアンドレイ。ぼうず、名前は?」

「ナマエ。お兄さん達は、どうして此処にいるの?」


「旅行でな。途中エンストしちまって、この町に・・・」

「だから止めようって言ったのよ!こんな場所に来たばっかりに・・・」


顔を手で覆って泣き始める女性は私に見つめられていることに気付くと「・・・ごめんなさいね、子供の前で」と涙を腕で拭った。




「キャサリンよ。キャシーって呼んで頂戴」

手を差し出してきた彼女に私は曖昧に微笑みながらも握手を交わす。


スキンヘッドの男性も「はぁ、はっ・・・ジョシュだ」と少し苦しそうに名乗り、結局僕は三人全員と握手を交わすこととなった。

・・・ぅーん、やはり困ったことになった。




彼等と共にアンブローズの町を走り回る。けれども既に怪我をしているジョシュ君がいる中、あまり長くは走れない。

途中休憩をはさみつつ、私はため息をつきたい気持ちで一杯だった。この歳になって息子達に心配をかけてしまうとは。・・・まぁ、肉体的にはまだまだ子供なのだが。










「ひっ・・・」

突然、休憩していたはずのキャシーが小さく悲鳴を上げた。


視線の先を見れば、私は顔が引きつるのを感じる。





「ジョシュの腕をぶっ刺したヤツだ!」

あぁ、ヴィンセントだ。


こちらに気付いたヴィンセントの目が大きく見開かれるのが見えた。ごめんね、驚いただろうね。



申し訳なくて苦笑を零す私に、ヴィンセントは何を思ったのか普段よりも鋭い目つきで彼等を睨みつけた。

それから手にあった鋏を投げ・・・え?投げた?




「ぎゃぁッ!!!」


真横で鈍い悲鳴。



「ひぃっ!?」

キャシーが悲鳴を上げる。見れば、ジョシュ君の顔面に深々と鋏が突き刺さっていた。


ジョシュ君は身体をがくがくと痙攣させ、口を何度かぱくぱくと動かした後、ぱたりと仰向けに倒れた。もう動くことはない。






「逃げるぞ!!!」

ずかずかと苛立ったような足取りでこちらに近付いて来ようとするヴィンセントに、アンドレイ君が私とキャシーの手を取り走り出す。






「ジョシュっ、ぅう、ジョシュ――ッ!!!」

泣きながら走るキャシーと無言のまま舌打ちをするアンドレイ君。けれど私は、彼等よりヴィンセントの方が気になる。あの子があそこまではっきり怒りを示すのは珍しいことだ。



「うぐゥッ・・・!!!!」


突然アンドレイ君が倒れる。

手を引かれたままだった私やキャシーも道連れに道に倒れ込んだ。


見れば、アンドレイ君の太腿に鋭く尖った鉄の棒が突き刺さっている。何故こんなものがと周囲を見渡せば、少し離れた場所からこちらを見ているヴィンセント。・・・ヴィンセント、君ってば槍投げの才能もあったのかな。お父さん吃驚したよ。







「いやぁぁああッ!!!アンドレイっ!!!」

「きゃ、しー・・・ナマエを、ナマエを連れて逃げるんだっ!!!」


自分の事よりもキャシーと私の事を心配し、逃がそうとする彼。

キャシーは涙を流しながら私の手を取ろうと――






「ぁ・・・」

すとんっ・・・と、キャシーの額に何かが突き刺さった。ボーガンだ。


見れば、行きを切らせたボーがこちらに走って来る。あぁ、あの様子じゃ家の様子を見た後に来たのだろう。キッチンは荒らされて書斎の本も床に投げ出したままだったから、ボーも混乱してしまったはずだ。本当に申し訳ないことをした。


キャシーがどさりと倒れる姿にアンドレイ君が「キャシー!!!」と叫ぶ。






「ナマエっ、せめてお前だけでも――」





「パパ!」





ボーが私の目の前に来た。

私が何か言うよりも前に、ぎゅーっと抱きついてくるボー。ちょっと苦しいが、今回は心配をかけてしまった私が悪い。


地面に転がりながら唖然としてこちらを見ているアンドレイ君に僕は苦笑を浮かべた。






「ごめんよ、こういう事なんだ」


まぁその表情だと、どういうことかわからないか。




「パパを攫って・・・ただじゃおかねぇからな」

息子のドスの利いた声に軽く顔が引きつる。

ヴィンセントの方もこちらに駆け寄ってきて、アンドレイ君の運命は決まった。





「ナマエっ、お前、一体・・・」

「俺達のパパを気安く呼ぶな」


舌打ちするボーと、乱暴にアンドレイ君の足を掴んで引きずって行くヴィンセント。アンドレイ君が何かを叫んでいるが、その叫びは早々言葉にはなっていない。




私はボーに抱き締められたまま小さくため息をつき、ちらりとボーを見上げた。

あぁ、泣きそうな顔だ。この分だと、ヴィンセントも同じような顔をしていることだろう。



「ボー、すまないね」

「パパ・・・荒れたキッチンを見て、慌てて書斎に行ったんだ・・・そしたら書斎に、パパが居なくって・・・」


ボーにとっては大きな恐怖だったことだろう。私は「ごめんよ」と言いながらボーの頬を撫でた。ボーが更に強く私を抱き締める。

・・・後でヴィンセントの方も撫でてやろう。







「パパ・・・いなくならないで、パパ・・・パパがいなくなったら、俺・・・」

「あぁ。大丈夫だよ、ボー。私は息子を置いて消えたりしないさ」


アンドレイ君達には悪いが、私は何より息子達が大事なんだ。

だから清く、蝋人形になって貰おう。







パパが攫われた






その後、アンドレイ君達の遺体がどうなったのかと聞けば、捨てたと言われた。

蝋人形にはしないのかったのかい?と尋ねれば、ボーもヴィンセントも後から話を聞いたレスターもしかめっ面で「あんなの、蝋人形に相応しくない」と言った。ぅーん、芸術とは奥が深い。



あとがき

今回は『質問』の
【短い怖の『パパが帰ってきた』の続編をもっと読みたいです!出来ましたら、シンクレア兄弟に拉致された子供だと勘違いした被害者一行に拐われるパパを是非お願い致します!】
を実行しました。

原作組のカーリーちゃんとか出そうかなとか思いましたが、原作沿いの話はまた今度書きたいなと思い、全然関係ないお三方が犠牲になりました。
パパの意識的には『心配かけちゃって悪いな』と思う程度で、息子達が攫った相手をどれだけ恨んだか知らない。自分の重要性をいまいち理解してない。
息子達は安定のパパ至上主義。



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