私の仕事は水質調査。
その日私は、クリスタル・レイクの水質を調査するため、数名のスタッフと共にそこへ訪れた。
水を採取し、近くにテントを立てて、私はその中で水をいくつかの試験管に分けて水質をノートに書きだしていた。
クリスタル・レイクの事件は有名で、なかなか人が寄り付かないことはよく知っていた。もちろん・・・あの殺人鬼、ジェイソンのことだって、耳に入っていないわけではなかった。
私がテントの中で水質を綿密に検査している間に、他のスタッフは外で食事の用意をしたり、休憩をしたり、それはもう思い思い自由に過ごしていた。
あまりにのどかで、私だって実に充実した気持ちだった。
・・・突然、テントの外から悲鳴と何かが潰れるような、抉れるような音が響くまでは。
「な、何だ・・・?」
直感的に、テントの外に出ていけないと思った私は、ノートを手にしたまま、身動き一つとることなく、息を殺していた。
しばらく続いた断末魔も、気付けば止み、ただ一つの足音がこちらへと向かってきた。
あぁ、私も死ぬのか。
テントの外には、きっと地獄絵図が広がっていることだろう。
バリバリッと音を立て、テントはその役目を失う。
血に濡れた凶器を手に、話でしか聞いたことがなかった殺人鬼が近づいてくる。
「・・・・・・」
死を覚悟すると、何とも時間の流れがゆっくりに感じた。
ホッケーマスクから覗く瞳。
真っ直ぐと私を見るその瞳に、私は自然と息をのんでいた。
「綺麗な目だ・・・」
普通なら、気がおかしくなったと思われるかもしれない。
今にも自分を殺そうとしている殺人鬼の目を綺麗だなんて。
けれど私は、その目が酷く綺麗に見えた。
きらりと輝く瞳。
私の顔には、自然と笑みが浮かび、そのマスクに手を伸ばしていた。
ぴとりと、私の手がマスクに触れる。
彼は動かなかった。
その、平均よりも大きな身体は動くことはなかった。
私は小さく笑ってマスクを撫でた。
どうせ死ぬなら、少しでも長くその瞳を見ていようと、真っ直ぐと彼を見つめていた。
血濡れの凶器が、すぐに私の命を絶つと思っていた。
「・・・・・・」
ジェイソンが私の手に自分の手を添えていた。
「・・・ジェイソン?」
どういうことか、彼は静かに立ち上がった。私の手を掴んで。
ぐいっと引っ張られた私の身体。
テントの外は、想像以上だった。吐き気さえこみ上げる。
しかしなんとかそれを抑え込み、私はジェイソンに連れられて歩いた。
「ジェイソン?一体何処へ・・・」
何故その場で殺されないのか、私には理解できなかった。
ギュゥッ
強く、けれど痛くない程度に、ジェイソンが私の手を握っている。
頭にちらりと浮かんだのは、小さな子供が親と逸れないようにしっかり手を握っているような・・・
「・・・・・・」
握られている手を私が見つめていたことに気付いたのだろう。ジェイソンは立ち止まった。
恐ろしいはずの相手が、何だかしゅんっとしているように見えて・・・
ギュッ
「大丈夫。握ってても良いからね・・・」
軽く握り返して笑えば、ジェイソンが小さくうなずいたように見えた。
連れて行かれたのは古い古い小屋。ここで生活しているのか、そうじゃないのかはよくわからない。
私はジェイソンによって傍にあった木箱に座らされる。
「ジェイソン?」
そう呼びかけると、ジェイソンはずいっとこっちに顔を寄せてきた。
私が綺麗だと思った瞳は、私の間近にある。
やはり綺麗だと思った私は、つい顔を綻ばせた。
するとどうだろう。
ジェイソンがまるで甘えるように私に抱きついたかと思うと、すりすりと頭を肩にこすり付けてきた。
正直ホッケーマスクがガツガツ当たって痛いのだが、そこは割愛。
「ジェイソン・・・私は、帰ってはいけないのかな?」
困ったように笑いながら言う私に、ジェイソンは動きを止める。
ジッと私を見つめる彼。その目だけでわかる。
「・・・わかったよ、ジェイソン」
私は困ったような笑みを浮かべたまま、頷いた。
翌日、とある水質調査団が殺されているのが発見されたらしい。
しかし、調査団の死体の中に、たった一人の死体だけは発見されなかったそうだ。
彼は何処へ消えたのか・・・
全ては、深い深い霧に包まれて何時しか忘れ去られた。
綺麗な瞳
初めてジェイソンの顔面ドアップ見たとき、本気で「わっ、目ぇ綺麗ですね」と思ったんです。←