――世界は不思議で満ち溢れてる。
そんなことを、俺が小さいとき・・・俺んとこの婆ァが言っていた気がする。
「んだよ、此処はよぉ・・・」
今まさに、俺はその不思議を目の当たりにしている。
婆ァが死んで、葬式のために両親と一緒に田舎へやってきた俺は、その慣れない思い雰囲気に耐え切れず、森の中を散策していた。
そこで見つけた、先の見えない洞窟は、俺の好奇心を揺さぶるには十分過ぎて・・・
最初は、暇潰しになれば良いかと思い、俺はその洞窟・・・ぃや。もしかしたらトンネルだったかもしれない。そこへ足を踏み入れた。
それが・・・
まさか、こんな奇怪で奇妙な場所にたどり着く結果となろうとは、少し前の俺には想像も出来なかったことだろう。
――世界は不思議で満ち溢れてる。
死んだ婆ァの言葉が、自然と俺の中で思い出された。
通常の世界は、灰色で詰まらない。毎日、同じことの繰り返し。
都会では、人間関係に馴染みを感じることも出来ず、喧嘩に明け暮れる日々。
そんな詰まらない毎日は、次第に俺の心を蝕んでいき、今のこの状況は、云わば・・・そう。チャンスだ。蝕まれた心を解放する、チャンス。
案の定、俺はその奇怪で奇妙な光景に、胸を躍らせていた。
「そこで何をしている!」
「あ゛ぁ・・・?」
突然、凛とした声が耳に入った。
明らかに、その言葉は俺へと向けられている。
周りが暗くなってきて、何時の間にやら水の溢れた草原だったそこを眺めていた俺。船がこちらへ近づいてきている。
身体が少しだけ透けている気もするが、そんなのどうでも良い。今、この瞬間が、俺は楽しくて仕方ないのだから。
その光景を楽しんでいた俺は、邪魔をしてきたヤツを睨みつける。
おかっぱで、男とも女とも取れる、中世的な顔をした青年。服装は和風。
綺麗な顔立ちのソイツを、更に睨みつけた。
こうすれば、大抵のヤツは怖がって離れていく。
けれども、そいつはズンズンッこっちに近づいて来て、俺の腕を掴んだ。
白く綺麗な指だ。
なんとなくそんなことを思っていると「これを食べるんだ」と赤い何かを渡される。
不審に思いつつ、無臭のソレが危険なものではないと分かると、そのまま口に含む。
特に味のしないそれを飲み下すと、目の前の青年はホッとしたような雰囲気を出した。
「もう夜になってしまった・・・私と一緒に来るんだ」
「待て。説明もねぇのは無しだ。まずは説明からだろ?」
嗚呼、面白くて仕方ない。
目の前の綺麗な青年の名前はハクで、そのハクに「俺は名前だ」と自己紹介も済ませた。
不思議な世界で出会った不思議な青年。なんて面白いんだ。
その興奮を内側に抑えつつ、ハクに案内されるがままへ、不思議の中心部へと進んでいく。
嗚呼、楽しい。そう思っても仕方ないはずだ。
湯婆婆とかいう、デカイ婆ァにしつこく仕事を要求して、なんだかんだで仕事を貰ったり、働いたり。
もしも此処が偽りの世界であれば、現実の世界よりはずっと良い場所だとさえ思えた。
何より、此処には・・・
「ぉーい、ハク」
ハクも居るし。
「名前・・・人に聞かれたらどうする。誰も居ない場所に来るまでは、ハク様と呼べといっているだろう」
「大丈夫大丈夫。誰も居ないかどうかは、あらかじめチェックしたから。ハクはかてぇんだよ、もっと肩の力抜け」
そういって肩を軽く揉んでやれば、ハクは小さく笑った。
「もしもさぁ・・・」
「なんだ?」
「俺が、元の世界に帰っちゃったら淋しい?」
なんとなく尋ねた俺。
押し黙ってしまったハクは「帰るの?」と尋ねてくる。
そう聞かれれば、明白な返事は出来ないけど、なんとなく・・・一生此処で暮らす事はできないということがわかってしまう。
返事をしない俺。ハクはちょっとだけ何かを考える素振りを見せたが、すぐに困ったような顔をした。
「どうしよう、名前」
「んー?」
「名前がいなくなるって思うと・・・
――淋しくて仕方ない」
本当に困ったように言うハク。彼は嘘をつかない。ぃや、つけないの間違いだろうか。
俺は無言でハクを抱きしめる。
「婆ァの言ったとおりだ」
「?」
「ぁー・・・湯婆婆じゃなくて、死んだ俺の婆ァね。その婆ァの言うとおりだ」
――世界は不思議で満ち溢れてる。
「マジ、不思議で満ち溢れてるよ」
まさか、こんな素晴らしい不思議と出逢え、尚且つ――
「こぉーんな、好きなヤツが出来るなんて」
「・・・名前」
「居なくなる気はねぇよ。俺が帰る時は、お前を無理やり連れ帰ってやるから」
魔女相手に、人間の餓鬼がどうこうできるわけもないかもしれないが・・・
なんとなく、
出来そうな気がしていた。
世界は不思議に満ち溢れている
拝啓、死んだ婆ァへ。
俺・・・
初めて、アンタの言葉に共感できたよ。
今まで有難う。