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私の見てきた神という存在は、どれもこれも綺麗なものだった。


見た目ではない。魂が、だ。



澄んだ力をその身に宿す存在。

けれど、ある日私が見たその客である神は――








お世辞にも綺麗とはいえなかった。








私達が嫌う血の臭いをさせるその神は、他の神々とは離れた別室でもてなされた。


それでも、此処で働く者たちは血を怖がり、結局は私がほぼ一人でもてなすことになった。





見た目こそ美しいその神だったが、身体からは隠すことの出来ないほどの血臭。



「臭うかぃ」



そっぽを向きながら尋ねてきたその神に、私は軽く返答に困る。







「良い。正直に言ぃな」


「・・・少々、臭います」

そっぽを向いたままの神は「そうかぃ」とだけ言う。



広い座敷。

そこにただただ静かに座っている神は「もう別の仕事に行きな」と私に言い放つ。


しかし、私が今日任されているのは、目の前の神の世話だ。








「俺の事は放っておいてくれないかぃ」







何時まで経っても部屋を出て行こうとしない私に神は言う。

何処かウンザリしたような横顔。


きっと、いろんな場所で、いろんな神々などに邪険にされたのだろう。




「・・・わかりました」




このままこの場所に居座っても、この神の機嫌を損ねるだけだろう。

そう思いながら立ち上がり部屋を出る。




「・・・・・・」

スンッと自分の着物を嗅ぐと、微かに臭いが移っていた。


どうせ、これでは他の客に顔を出す事は出来ない。

何時中から呼ばれても良いように、閉じきった襖の前に正座をする。



時だけが、ただただ過ぎ去った。


そろそろ、食事も湯浴みも済ませてもらった方が良いであろう時間にまでなった時、中から「誰かいるかぃ」と声が聞こえた。




「はい。此処に」

「・・・またアンタかぃ。もしかして、ずっと部屋の外にいたのかぃ?」


その言葉に内心ギクッとするが、顔には出さない。

顔には出さなかったが、その神は気づいてしまったのだろう。





「あぁ、そうかぃ。俺の臭いが移っちまって、他の客に顔合わせられないから、外で待っとったのかぃ」





「・・・・・・」

押し黙った私に、神は「別に嘘吐かんでも良ぃ」と吐き捨てるように言う。



「俺が穢れてるのは、俺自身がよぉ知ってるよ。この店に来ても迷惑がられるってこともねぇ」


そっぽを向いている神は、そのままゆっくりと「軽く身ぃ洗ったら、すぐに出てくよ」と言いながら立ち上がる。







「湯殿に案内してくれないかぃ。どうせ、別の客とは離れた場所だろぉ」


「・・・かしこまりました」


私と絶対に顔を会わせようとしない神を湯殿に連れて行けば、神は私がいるのも気にしないで着物を脱ぐ。



「ぁ・・・」

つい声を上げてしまった私の目に映る・・・――生々しい傷跡。



全身に夥しいほどの傷跡。

神は私の声に気付いて「驚いたかぃ」と呟く。





「別に俺自身が攻撃されたわけじゃぁ無い」

「では、一体・・・」


「アンタみたいな綺麗な魂持ったヤツにゃぁ、分からないだろうねぇ」




棘のある言い回し。


しばらく押し黙った私に「悪いね。心も荒んじまってんだ」と言う神は、自分の傷跡をするっと撫でながら「これは俺の誇りだよ」と口元だけで笑った。




「俺がまだ神に成り立てだった頃・・・まだ、俺は若かったのかねぇ。俺に救いを乞う奴等の願い、全部叶えてやりたかったさ。『山火事で大火傷をした親父様を助けてくれ』という山の動物の願いを叶えるために、俺が全身に火傷を背負ったさ。『戦で傷だらけの息子を助けてください』という人間の願いを叶えるために、この身に傷を受け止めた。『沢山の罪を犯してしまった私ですが、どうかお救いください』という人間の願いを叶えるために、その穢れを俺が引き受けた。・・・それを何回も続ければ、俺が望まなくても穢れるってもんだよ」

口元の笑みが、次第に自嘲に変わっていっているのがわかる。



この神は・・・

本当は、誰よりも清い神だったとでも言うのだろうか。






「穢れてきた俺の力では、救えるものは何もなくなってしまってねぇ。何時の間にか、邪神扱いだよ」

バサッと着物を床に捨てた神は、そのまま湯に入る。



湯が赤に染まる。

彼の身に滲みこんだ赤が湯に溶け出たのだろう。



「俺ぁ、ただ笑顔が見たかっただけさぁ。父親が治った動物は、元気に走りまわる。息子が治った母親は、その目に綺麗な涙ぁ浮かべる。沢山犯した罪が拭われた時、罪人だった人間は静かに邪気の無い涙を流す。それが、俺の幸せだったんだよ」


ザプッと神は顔を湯で濡らす。

見えるその顔は、今にも崩れ落ちそうで・・・






「では・・・私も、何か願って良いでしょうか」




「・・・・・・」

その神が、初めてこっちを真っ直ぐに見た。


驚いた表情を浮かべた神は「願いを・・・?」と声を上げる。



こくりを頷いた私は、ゆっくりとその神に近付き・・・








「貴方の笑顔を・・・私に見せて下さい」







「・・・笑顔、を・・・?」


「貴方はその願いが叶って嬉しそうにしている彼らを見て、笑っていたはずです。誰よりも優しく・・・綺麗に」



今の神の顔に笑みはない。

けど、神は私の言葉にしばらく黙ってから・・・





「・・・・・・」


ぎこちないが・・・――綺麗な笑みを浮かべた。





「綺麗です・・・」

つい見惚れてしまうような笑み。


その笑みを見ていると、自然と笑顔になれた。


神は「そうかぃ」とだけ言って、またそっぽを向いた。





「・・・湯ぅ、汚しちまったね」

「大丈夫ですよ」


ゆっくりと湯から上がった神は、私の横を過ぎ去るとき小さな声で、









「・・・・・・また来ても良いかぃ」

「!・・・もちろんです」


返事をした私に、神が穏やかに笑っている気がした。




穢れた神様





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