お客様の料理を落とした回数
風呂場掃除でこけた回数
接客で喋るときに舌を噛んだ回数
・・・共に、他の奴等とは比べ物にならない。
「名前」
「申し訳ありませんッ」
ハクに声をかけられると同時に謝る名前に、ハクは困ったような顔をした。
料理を運ばせればこぼす。
風呂を掃除させればこけて気絶する。
接客で喋らせれば舌を噛んで喋れなくなる。
何をやらせても駄目なのだ。
これでは、何をさせたら良いのかわからない。
そんな名前が、少しでもまともに仕事が出来るように指導しているのがハクだ。
しかし、いくら指導しても、名前の失敗は減らない。
失敗をするたびに、ハクに申し訳なさそうな顔で謝る名前は、少し痛ましい。
「名前。君は、何だったらちゃんと出来ると思う?」
「・・・わかりません。俺、何をやっても失敗してしまいますから」
困ったように言うハクに、名前は困った笑みで返した。
その力ない笑みに、名前自身も十分悩んでいるのだと、ハクは重々承知している。
だからこそ、こんな名前をどうにかしてあげたい。面倒見の良いハクだからこその考えが、溢れていた。
出来の悪い子ほど可愛いとはこんな感覚なのだろうか。ハクは、何かと名前の世話を焼くようになってしまっている。
「俺・・・ハク様のお役に立ちたいのに・・・」
悲しそうに呟く名前に、ハクは小さく笑みを浮かべた。
「その言葉だけで十分だよ。さぁ、仕事を頑張っておいで」
「はい」
こくっと頷いた名前は、再び自分の持ち場へ戻っていく。
今ではすっかり裏方の仕事ばかりが回されてくるようになった名前の仕事と言えば、失敗してもあまり目立たない物置の掃除だったり・・・
そんな仕事ばかりなのだが、それでも名前は一生懸命仕事をする。
失敗してしまっても、ハクのためにと名前は頑張る。
「ぁッ・・・」
ガランッ、ガシャンッ!!!!!
凄まじい音を立てて、棚に積まれていた荷物が崩れ落ちてくる。
落ちてきた物の中に、割れ物があったのだろう。
ガシャンッという音と共に割れたソレが、名前の腕に細く赤い線を一本作った。
怪我をしたことよりも、物を壊してしまったことの方を気にした名前が、慌てて落としたものを片付け始める。
音に気が付いたハクが物置に顔を出せば、その腕の怪我が目に入った。
「名前ッ」
「ぁ・・・ハク様・・・」
「怪我をしている。早く手当てを・・・」
「これぐらい、かすり傷です。まず、後片付けをしないと・・・」
「そんなの後でも構わない。来なさい」
グイッと名前を立ち上がらせ、ハクは歩き出す。
慌ててハクに付いて歩く名前。
物置と違って、綺麗な空気がある屋外まで来ると、ハクはそっと名前の腕に手を沿える。
「ハク様・・・手が汚れてしまいます」
「大丈夫だから」
ハクが触れている場所が、ぽわぁっと温かくなる。
魔法を使っているのだとわかった名前は、また申し訳無さそうな顔でハクに謝る。
小さく首を振ったハクが、その手をそっと退ければ、傷は綺麗にふさがっていた。
「・・・有難う御座います」
「名前。怪我には、十分気をつけるんだよ。わかった?」
「はい。わかりました」
しょんぼりする名前。
「・・・けど、良かった」
ハクがぽつりと呟く。
「名前の怪我が、たいしたことが無くて。もしも、もっと酷かったら、私は心配で仕方なくなって、名前に仕事をさせたくなくなってしまう」
「ごめんなさい・・・迷惑ばかり、おかけして・・・」
肩を落とす名前の手を、ハクはそっと握った。
「私は、名前を迷惑だなんて、一度も思ったことは無い。だから・・・もっと私を頼って」
「・・・ぁ、りがとうございます」
嬉しそうな、恥ずかしそうな顔をした名前は「ハク様はまるで・・・」と言いかけて、止める。
「まるで・・・何?」
「・・・ぇっと・・・まるで、俺のお母さんか、お嫁さんみたいだなぁって・・・」
お母さんと言われたときはハクはクスッと笑いかけ、お嫁さんと言われた時には・・・
「ぁ、ハク様?」
「・・・・・・」
少し動揺したように名前から視線を逸らしていた。その顔は若干赤い。
「ハク様?」
「し、仕事に戻ろう。私も、物置の片づけを手伝ってあげるから」
さっと顔を背け、名前の手を取って歩き出すハクに「そんなっ、悪いですよ・・・」と名前は慌てだす。
「私は名前の保護者だから。一緒にいないとね」
「!はぃ・・・ハク様」
嬉しそうに笑った名前を見て、ハクも小さく微笑んだ。
手がかかる子ほど可愛い