「貴方が生きてる証拠を下さい」
目の前の彼はそう言って僕に手のひらを差し向けた。
「不安なんです」
はて、サイボーグは涙を流すのだろうか。
今にも泣きそうな顔をした彼に僕は曖昧な笑みを向けた。
「こんな俺と一緒に生きてくれると言うなんて、貴方はきっと人間じゃない」
どうしてそんな結論に達してしまったのか。
沢山の金属で覆われた人よりも機械に近い彼は、本当の機械じゃ絶対ありえない表情を浮かべて苦しんでいる。
「貴方はサイボーグじゃない。怪人でもない。じゃぁ何?きっと貴方は・・・俺が見ている幻想なんだ」
俺が見てる、都合の良い幻想なんだ。
こちらに差し出されていた手が震えている。
その手をそっと握ってやれば、更に泣きそうな色に染まる顔。
「この感触も、電気信号が伝えている全くのマヤカシかもしれない」
何をすれば満足すると言うのか。
手を握ったままに曖昧な笑みを浮かべたままの僕。やっぱり泣き出しそうな顔をする彼。
きっと何を言っても彼を不安にさせ、悲しい気持ちにさせてしまうのだろう。
ベストな言葉なんてきっとない。何を言っても、彼の中で納得しないと駄目なんだ。
「貴方は優しい人だ。俺に笑みを向けてくれて、優しく言葉をかけてくれて、抱き締めてもくれた。貴方は俺にとって完璧すぎるぐらい完璧な優しく素敵な恋人だ。けど、だから・・・だからこそ、怖いんです。全てが俺にとって都合が良すぎて」
つらつらと彼の口から流れ出る言葉を聞き流し、僕は困ったように笑った。
「俺と生きてくれる証拠を下さい」
痛いぐらいに手が握りしめ返されている。
これ以上力を加えられたら、きっと手の骨が折れてしまうなぁ。
呑気に考える様な内容じゃないけど、僕にとっては今はそれよりも・・・
「ジェノスは、どうしたら信じてくれるの?」
僕が提示できる証拠なんて、自分の体温だとか生命反応だとか役所にある戸籍情報とか・・・
けれどそんなんじゃ、彼は満足しないでしょう?
だから、彼が満足するような証拠が何かを尋ねるしかないんだ。
彼は僕の言葉に目を見開き、それからやっぱり悲しそうな顔で首を振った。
・・・そうだね。思いつかないよね。
証拠なんて作ろうと思えばいくらでも作れるのに、“信じられる”証拠はなかなか見つからない。
もしかしたら敵の罠かもしれない。
もしかしたら自分は既に敵の手に落ちていて、今まさに感覚を操られているのかもしれない。
もしかしたら最初から全て夢で、自分はあの日死んでるのかもしれない。
きっと彼の頭の中は、今『もしかしたら』で埋め尽くされているんだ。
だから僕が生きた人間かどうか不安で、悲しくて苦しくって・・・
「可哀相にね、ジェノス」
痛いぐらいに握られてる手をちらりと見る。
きっと手の痕が残ってる。血も止まってるせいか、指先が冷えてきた。
「・・・不安なんです」
再びそう言った彼。
ぽろぽろと彼の涙が零れる。
あぁ、サイボーグは泣けたのか。
空いている手でその顔に手を伸ばす。
冷たい涙が指先に触れた。
嗚咽も無く、静かに涙をこぼすばかりの彼の頬をそっと撫でれば、肩がびくりと震える。
「触れてるよ」
「電気信号が操作されてるのかもしれない」
「喋ってるよ」
「俺は幻覚と喋ってるかもしれない」
「大好きだよ」
「全部全部マヤカシかもしれない・・・」
「愛してる」
「俺も、です・・・」
「――じゃぁ、良いじゃないか」
握られていた手が驚きのせいか緩む。
僕はその手をそっと抜いて、その手も彼の頬に伸ばした。
両手で包み込んだ頬。僕はにこりと微笑む。
「ごめんだけど、生きてる証拠は出せない。ジェノスが納得する証拠を出せるほど、僕は頭が良くないんだ」
ごめんねと謝れば彼は首を振る。
「・・・けど、幻覚でもマヤカシでも良いじゃないか」
目の前にあるのは彼の綺麗な顔。
彼の綺麗な眼に僕の顔が映し出されてる。
映し出された僕は、にっこり笑ってた。
「僕はジェノスを愛してるよ。本当に愛してる。僕にとってはそれで十分なんだ。ジェノスはどう・・・?」
「・・・はぃっ、それで、良いです」
ぽろりと涙を流したジェノスがこくりと頷いた。
「愛してます、名前さん」
「僕も愛してるよ、ジェノス」
やっと彼が笑ってくれた。
僕も笑みを浮かべ、彼のその唇にキスを――
「おーいジェノス〜」
「おーい名前〜」
「「“一人”で何してるんだ?」」
「・・・いえ、何でもありません」
「・・・ううん、何でもないよ」
彼と僕は顔を見合わせ、そして視線を逸らした。
彼は彼の先生と。
僕は僕の友達と。
「またね、ジェノス」
「また・・・名前さん」
“いない”相手へと呟き、去って行った。
幻覚相手にランデブー・・・さて、幻覚を見てるのはどっちなのだろう。