「なぁ、もしお前が嫁さん貰うなら、どんなヤツが良いんだ?」
「んー・・・やっぱり和食好きとしては、お味噌汁が上手に作れるお嫁さんが欲しいよね」
別に盗み聞きした訳じゃない。
偶然だ。そう、偶然聞こえただけだ。
「味噌汁・・・」
俺は名前が友人らしき男と交わしている会話にしっかりと耳を澄ませながら小さく呟いた。
「あれ?ソニック君、どうしたの?」
夕方になり、俺は独り暮らしをしている名前の家に侵入した。
「別に。暇だから来ただけだ」
たまに来るからか、名前は特に気にした様子もなく「そっか」と頷いた。
「んー、折角来てくれたのにごめんね。まだ夕飯の支度とか全くしてないんだ」
「・・・じゃぁ作る」
「え?」
「作ると言っているんだ。お前はソファで大人しくしていろ」
「う、うん?」
意味がわからないと言う風な顔をしつつもそのままソファに腰かけた名前。
俺は台所へと向かった。
トントントンッ
まな板の上で食材を刻み、コンロの火にかけている鍋の中へ入れる。
居間の方からテレビの音が聞こえる。俺の言うとおり大人しくしているようだ。
「何か手伝うことはないー?」
「大人しくしていろ!」
居間から聞こえた声に怒鳴る様に返せば「わかったー」と返事が返ってきた。・・・別に怒鳴ることはなかったな。
しばらくして夕食が出来上がり、俺はそれを食卓へと運んだ。
「ほら、出来たぞ」
「わぁー」
目の前に並んだ料理に名前が驚いたような声を上げた。
「料理出来たんだね」
「それぐらい出来る。馬鹿にしているのか」
「いやいや、純粋に驚いてるんだ。有難う、ソニック君」
「・・・ふんっ」
つい口角が上がりそうになるのを抑える。
名前が「いただきます」と言って箸を握った。
俺は気の無い風を装いつつも、名前がどんな反応をするかをこっそり観察した。
「美味しい!」
「ふ、ふんっ、そうだろう」
「凄く美味しいよ、ソニック君。煮付けの味付けも良い感じだし、焼き魚だって良い焼き具合だし、それに・・・」
名前の手が湯気を放つお椀へと伸びる。
「このお味噌汁、とっても美味しいよ」
味噌汁の入ったお椀が、にっこりと微笑んだ名前の手にある。
「・・・そ、そうか」
テーブルの下で自分の手をぎゅっと握りしめる。
美味しい?
美味しいってどれぐらいだ?
よ、嫁にしたくなるぐらいか・・・?
「どうしたの?ソニック君」
「・・・な、何でもないっ!!!!」
俺はハッとして自分の分の料理に口を運んだ。ふん、いつも通りだ。
「本当に美味しいよ。自分でも料理するけど、こうも上手くはいかない」
「お前は不器用だからな」
「一応食べれる料理は作れるけどね。ソニック君が作る方がずっと美味しい」
あぁ、箸を持つ手が震える。
口角が上がったり顔が赤くなったりするのを抑えるために全神経を集中しているせいで、料理の味がイマイチわからなくなってきた。
そんな俺の気持ちも知らないで、名前は上機嫌で箸を進めている。
本当に美味しいよ、おかわりして良い?と名前が尋ねてくる頃には、動悸が苦しい程に激しくなっていた。おかわりとか、勝手にしろ。
そのまま夕食を終え、食器は俺が洗うねとほざく名前を再びソファに押しやり、俺は今食器を洗っている。
冷たい水に何とか正気を保つ。
・・・よし、今日はもう良いだろう。味噌汁も飲ませたことだしな。
「もう帰る」
食器を洗い終え、ソファでゆっくりしていた名前にそう告げる。
名前はにっこりとした笑みを浮かべながら俺を見た。
「そっか。何から何までごめんね、ソニック君」
「ふんっ、俺が勝手にしただけだ」
窓を開け、窓枠に足をかける。
もう夜だが、家屋から漏れ出る光と外灯の光で大して暗くも無い。
さて、もう行くかと身を乗り出した時――
「お味噌汁、美味しかったよ。何時でもお嫁に来てね」
「!?」
ついバッと振り返れば、名前がにこにこと笑っていた。
ぶわっと顔に熱が集まってくる。
「き、気付いてッ・・・!?」
「ソニック君が聞いてたのは気付かなかったけど、お味噌汁の話をした後にソニック君がお味噌汁作るから、もしかしたらって」
開いた口が塞がらない。
顔がありえないぐらい熱い。
「もう時間も遅いし、今日は泊まってく?」
ぱくぱくと魚のように口を動かすことしかできない。
笑顔の名前を目の前に、俺はゆっくりと窓枠から足を降ろした。
そして何とか自分を落ちつけようと深呼吸をして、そして・・・
「・・・と・・・泊まる」
俯きながら小さく返事をした。
・・・明日の朝は、さっきとは別の具が入った味噌汁を用意しよう。