僕にとって博士は親でもあり製作者でもあり上司でもあり・・・
「名前・・・私と来るか」
「行きます。行かせてください、博士」
愛しい愛しい、ただ一人の人でもあった。
僕は博士に作られた人造人間。
博士の細胞ではなく、今はもう所在どころか生死すらわからない元奥様である女性の細胞から作られた。それが僕。
だから僕は博士とはこれっぽっちも似てないし、僕は博士みたいに頭は良くない。
そんな僕でも、博士は惜しみなく研究に生かしてくれたし、それに・・・
他の作品は番号で呼ぶのに、僕にだけ“名前”って名前を付けてくれたから、博士も僕のことをある程度は大事にしてくれているのだと思う。
けれども僕の扱いは、他の作品たちと変わらない。
僕は身体能力の強制強化と、“痛み”に耐えられるように作られた。
もちろん、最初から痛みに耐えられたわけじゃない。
毎日のように続く拷問。拷問拷問拷問・・・
一つずつ耐えられる痛みが増えて、今じゃ痛覚は消えた。だから、多少の無理は出来る。
痛みに耐えられてない時だって、拷問するのは博士だったから我慢出来た。
もしも博士が拷問を別のヤツに頼もうものなら、僕は全力で泣きわめいて拒否してた。博士だから平気だっただけ。
それだけ僕は博士が大好きだった。愛していた。
突然やってきたヒーローに進化の家を壊されて、博士のクローンも博士一人を除いて全部壊されて・・・
残ったのは博士と僕とロボゴリラだけ。
大きな研究成果は全部壊されてしまった。
正直、僕みたいなちょっと身体能力が高くて痛みに耐えられるだけのヤツと、ちょっと強くて喋れるだけのゴリラしか残らなかったなんて、博士はついてない。
なのに博士は、僕が残ってたことを落胆するのでもなく、僕に「来るか?」と聞いてくれた。
それだけで十分幸せなのに・・・
「博士、タコ切った!」
「こっちへ持って来い」
「うん!」
博士がちょっぴり優しくなった。
僕の頭を撫でてくれるようになった。
一緒にご飯を食べてくれるようになった。
不器用な僕に、丁寧にタコの切り方を教えてくれた。
まだ火は危ないからと、たこ焼きを焼かせてはくれない。
ちょっぴり過保護になった博士がとても愛おしい。
あのヒーローが博士の中の何かを変えたのだろう。僕にはわからないけど、それでも良い。博士が僕のことを見てくれるだけで十分。
「博士、外のゴミバケツにゴミ入れてくる」
「あぁ」
ゴミ箱をひょいっと持ち上げて、店の裏へ行く。
ゴミバケツにゴミ箱の中身をひっくり返せば、それでオッケー。
博士のところに帰ったら、きっと「ご苦労」って褒めてくれるんだ。
前々で良い研究成果を出さなきゃ褒めてくれなかったから、とっても嬉しい。だから僕はどんどん博士のお手伝いをする。
わくわくしながらゴミ箱を小脇に抱えて歩き出せば、ふと人の気配を感じて振り返る。
「あ・・・」
「・・・よぉ」
片手を上げて引き攣った笑みを浮かべているのは、大分昔に進化の家から抜け出したヤツ。
覚えてる。ヤツは確か、66号。
久しぶりに見たな。
そういえば、テレビでゾンビマンってヒーローとして話題になってるのを見た事があるかも。
「久しぶり、66号。あ、今はゾンビマンだよね。元気?」
「・・・あぁ、久しぶりだな名前」
「相変わらず青白いね。しかもその服薄汚れてる。何?ヒーローって実は貧乏なの?」
「・・・相変わらずアイツ以外に対しては毒を吐くよな」
顔を引き攣らせながらも「まぁ、前と変わりないなら良いけどな・・・」と呟くゾンビマン。
「今、どうしてるんだ」
「博士とロボゴリラと一緒にたこ焼き屋さんやってる。僕は不器用だけど、練習したらちゃんとタコを切れるようになったんだ。まぁ、焼くのはまだ危ないって博士に止められてるから出来ないんだけどね」
自慢気に言えば、ゾンビマンが驚いたように目を見開いた。
何を驚いているの?
僕があまりに平和的に過ごしていること?博士が僕に優しいこと?
まぁ、きっといろんなことに驚いているのだろう。
「話はもう良い?僕、博士のところに戻りたいんだけど」
「なぁ・・・」
戻ろうとする僕をゾンビマンが引き留める。
鬱陶しく思いつつも足を止める。あぁ、早く博士のところへ戻りたいのに。
「お前・・・今あいつを、守ってんのか?」
その言葉に僕は目を細める。
もう博士は何もしてない。たこ焼きを作ってるだけ。
けど、博士は過去にいろんなことをした。
博士を恨む人って結構いる。
それこそ、命を狙ってくる奴等だっているんだ。
もう博士はクローンを作ろうとしないから、一度死んだらそれでおしまい。さようなら。
でもそれは僕が嫌だから、僕は僕のために愛する博士を守るんだ。
そのために僕は、愛する博士から与えられた力を振るう。
こういう時、痛覚が遮断出来るのは良い。
ある程度の敵なら簡単に倒せるけど、もし怪我をしたって、それを上手に隠せる。痛みが無ければ隠すのは容易い。
ゾンビマンは常人より傷を負うから、僕の不自然さに気付いてしまったのだろう。
背中にある痛くない傷が、少し熱を孕んだ。
「・・・お前は、それで良いのか」
そんなことを尋ねてくる彼。
何が言いたいのかよくわからない。
「何で?今僕はとても幸せなのに」
というかゾンビマンが可笑しいんだよ。
何で僕と博士の幸せをゾンビマンが推し量ろうとするの?
僕の幸せは僕の物。君のじゃない。
「話はそれだけだよね。今度こそもう行くから」
「なぁ」
もう声を掛けられても立ち止まらない。一度は立ち止まってやったんだから、それで満足しろ。
「もし辛くなったら、俺のところに――」
「それ、絶対無いから」
はっ!と鼻で嗤ってやれば、視界の端にいたゾンビマンは「やっぱ博士以外には辛辣・・・」と肩を落とした。
「遅かったな。何かあったか?」
「野良猫がじゃれ付いて邪魔してきた。博士、ゴミちゃんと捨ててきたよ」
褒めて、と笑う。
「あぁ・・・よくやった」
外から帰ってきた僕の頭にぽんっと置かれる手。
嗚呼・・・
「博士」
「なんだ?」
「僕、今とっても幸せ。博士は、どう?」
笑顔で尋ねれば、博士は少し押し黙る。
真っ直ぐ見つめ合う僕と博士。今は客がいないから、構わない。
突然、ぎゅっと博士が僕を抱き締めた。いや、抱き締めると言うより・・・縋り付いているという方が正しいのかもしれない。
僕はそっと博士の背に腕を回し、その背をそっと撫でた。
博士の手が僕の背中に触れた時、博士がぴくっと震えた。たぶん、僕の背中の傷に気付いてしまったのだろう。失念していた。
「・・・あぁ」
小さく小さく口を開く博士に、僕は耳を澄ませる。
「幸せだ」
ほら。
僕と博士の幸せは、僕と博士だけがわかればそれで良い。
幸せの定義は非公開
僕は今、とっても幸せですよ・・・愛しい愛しい我が博士。