「やぁ、パニック君。サイタマ君に用事かい?サイタマ君だったら、今は買い物に出ているから、また夕方ぐらいにくると良いよ」
「・・・ソニックだ」
短く訂正しながらソイツに近づく。
サイタマがいないのは想定内だ。そもそも、電柱の上からサイタマが弟子と共に特売へ行くのをこの眼で見ていた。
サイタマが不在の間、サイタマの家でせっせと内職に励んでいるのは居候の名前という男だ。
何でもサイタマの学生時代からの友人らしく、怪人に家をぶっ壊されてしまったために友人であるサイタマの家に転がり込んだのだそうだ。本人が言っていた。
俺がサイタマに勝負を挑みに行く度にコイツはいる。ちなみに常に内職をしている。
「お茶でも飲む?」
俺を見て笑う名前のその手に造花が握られている。今日は花を作る内職らしい。
手先が器用なコイツが作るからか、造花はまるで本物のように綺麗に咲いていた。
「・・・いらない」
「そう。じゃぁ、サイタマ君が返ってくるまでゆっくりしていってね」
家主の許可なしにそれを言うのはどうかと思うが、許可がなくとも最初からそうするつもりだったため、何も言わない。
せっせと花を作り上げる名前の手元をじーっと見つめる。
コイツはサイタマのように強くはない。正直言って弱い。
俺が声を掛けなきゃ俺に気付かないし、俺が少し早く動くとコイツは俺を見失う。
だから俺は、コイツの前では常人と同じスピードと気配で過ごさなければならない。
それは酷く面倒なことなのに、俺はそれを苦とも思わず実行してしまう。
その意味を理解できぬ程俺は鈍くはないし、意味がわかっているなら行動するのが俺だ。
「おい」
するっと背後からソイツの首に腕を巻き付ける。
俺よりも少し大きな背中。けれども凄く凄く無防備だ。
本気を出さなくとも、このまま殺せてしまうだろう。だが俺はそれをしない。
「なぁに、ソニック君」
ほら。
自分が殺されるかもしれないなんてこれっぽちも考えず、穏やかな笑みを浮かべて振り返る。
「キスしろ」
「えー?どうして?」
「・・・どうでも良いだろう」
「キスするのは僕なんだし、どうでも良くないよ」
くすくすと笑うソイツに少しイラッとする。
コイツだって、こんなにヘラヘラしてはいるが、鈍い訳じゃない。
遠の昔に俺の意図に気付いているはずだ。
自分に向けられている想いにだって、気付いてはずなんだ。
なのに、あぁ本当に性質が悪い。
「ね。どうしてキスして欲しいの?」
俺の口から述べることを要求する。
穏やかな笑みで、まるで小さな子供を諭すように。
「っ・・・」
俺の中で羞恥心が膨れ上がっているのも、わかっているんだろう?
「・・・し、したいから、だ」
「んー・・・まぁ、及第点かな」
その瞬間合わせられる唇。
野郎の唇なんて女のものと違って柔らかいものじゃないけれど、その唇の熱がやけに愛おしく感じた。
そう感じてしまっている時点で、俺はもう駄目なのかもしれない。
激し過ぎない、馬鹿みたいに甘ったるいキス。
そっと唇が離れ、ソイツはにこりと笑った。
「ほっぺた、赤くなって可愛いね」
「っ、う、煩い!!!」
ばっと顔を隠す。コイツ、余計な事ばかり・・・!
「ごめんごめん。恥ずかしかった?」
「・・・黙れ」
「ごめんって。顔を上げて?」
よしよしと頭を撫でられる。
恥ずかしい思いをさせられたのに、それだけで俺はコイツを許せてしまう。もう末期だ。
仕方なしに顔を上げれば、満面の笑みを浮かべた名前がいた。
そっと頬に添えられた手。
ぷすっと髪に何かが差し込まれる。
「うん。可愛い」
視界の端にちらりと見えるのは、造花の白い花弁。
「プレゼントだよ」
「・・・内職の商品だろうが」
「あはっ、気にしない気にしない」
悪意の欠片も感じさせない笑みを共に言われてしまえば、もう何も返せない。
「・・・帰る」
「あぁ、そろそろサイタマ君が帰ってくるの?」
その言葉に返事をせずに、俺は窓から飛び出した。
音速の名のままにその場からどんどん遠ざかって・・・たどり着くのは、もうサイタマの家など全く見えない程の場所。
ビルの天辺に一人立ち、ゆっくりと深呼吸。
触れた唇の感触がまだ残っている。
抱きついたときに感じた匂いも、頬に触れられた時の感触も。
「・・・名前」
名を呟き、頭に差し込まれたままの造花の花弁を少し撫でつつ、緩む口元を何とか抑えた。
白い花弁に口付けを
(ただいまぁー)
(お帰りサイタマ君、ジェノス君)
(お。ご機嫌だなぁ・・・またソニックでも来たか?)
(うん。今日も可愛かったよ)
(お前も好きだよなぁー・・・)